保育の質を高めるためには、個々の専門性だけではなく、組織としての成熟度やチームづくりの在り方が大きく影響します。
そのため、現場の雰囲気や職員同士の関係性といった日常的な要素も、保育の質を大きく左右する重要な観点となります。
本インタビューでは、和洋女子大学の矢藤誠慈郎先生に、優れた保育チームに共通する指標や、組織運営に関する示唆について伺いました。

和洋女子大学 人文学部 教授
矢藤 誠慈郎 / Seijiro Yato
【プロフィール/略歴】
広島大学大学院から、岡山短大、新見公立短大、ニューヨーク州立大客員研究員、愛知東邦大、岡崎女子大を経て現職。全国保育士養成協議会常務理事、日本保育学会評議員、株式会社保育のデザイン研究所アドバイザー等を務める。著書に『保育の質を高めるチームづくり』等多数。研究領域は、保育者の専門性、保育における組織マネジメント等。
良い保育チームに共通する評価ポイントとは
LC Asset Design(以下LC):まず最初に、保育の質を高めるためのチームづくりに関して、チームの成熟度を図る指標や評価方法についてお聞かせいただけますか。
矢藤氏:私自身が特定の評価指標を開発しているわけではありませんが、海外には保育のリーダーシップを評価するスケールがあり、リーダーの管理運営をチェックするリストなどが整備されています。
たとえば、人事業務の配分、組織運営、子どものアセスメント、財務管理、組織の成長発展、職員の資格取得の促進、職能の測定、ICTの活用、ワークライフバランスや福利厚生の整備など、リーダーとして必要な管理項目を幅広く評価するものです。
これらはTeri N. Talan、Jill M. Bera、Paula Jorde Bloomといった研究者が作成したもので、日本では大阪総合保育大学の埋橋玲子先生が監訳されています。
また、保育リーダーのための「職員が育つチームづくり」に関するチェックリストとして、東京立正短期大学の鈴木健史先生や、社会保険労務士の関山浩司さんが作成したリストなどもあります。このようなツールを活用することは非常に有益だと思います。
LC:矢藤先生自体はどのように考えていらっしゃいますか。
矢藤氏:私自身の素朴な指標としては、保育園や幼稚園に伺った際に、先生たちが生き生きと働いているか、子どもたちが自分の意思を十分に表現しながら過ごしているか、職員間の会話の中で子どものポジティブな姿が楽しく語られているかといった点に、組織としてのチームの豊かさが表れると考えています。
アメリカの保育者養成制度から見える日本への示唆
LC:以前、ニューヨーク州立大学で客員研究員をされていたと伺いました。そのご経験を踏まえて、海外の保育者養成や組織運営に関する知見の中で、特に現在の日本に適用できると感じられた点があれば教えていただけますか。
矢藤氏:私は2003年から2004年にかけて、大学の秋学期から春学期まで約10か月間アメリカに滞在していました。その間、授業を見学したり実習に同行したりと、さまざまな現場を見る機会がありました。(以下、「アメリカ」とは当時滞在していた大学や地域のことを指します。)
アメリカの保育所や幼稚園で印象的だったのは、「大学に進学して学位を取り、キャリアアップを図りましょう」とポスターが貼ってあったり、保育者の専門的成長を促す姿勢が明確にあったことです。
アメリカは資格社会で、例えば短期大学レベルの学歴の人が四年制大学に進学し、免許をグレードアップさせることが一般的に奨励されていました。
また、必要な単位を取得すれば処遇にも反映されるため、大学の授業を聴講する保育者も多く、大学側も現場で働く人を受け入れやすいよう夜間に授業を開講していました。そうした環境づくりが積極的に行われていたと感じています。
LC:保育の現場は朝から昼中心の勤務が多いと思いますが、夜間に授業を設定している意図について、把握されている範囲で教えていただけますか。
矢藤氏:現場で働いている人でも学びやすくするためだと思います。日本でも夜間大学院がありますが、アメリカでは通常の授業の一部が夜間に設定されており、フルタイムの学生と社会人が一緒に受講していました。
仕事を終えて遅れて来る人もいましたが、みんなで食べ物を持ち寄りながらリラックスした雰囲気で授業が進んでいました。働いている人が疲れていても学べるよう、大学側が一定の配慮をしていたのだと思います。
LC:働いている人に寄り添った制度なのですね。他に特徴的な点はありましたか。
矢藤氏:個々の保育者がスキルアップすることで全体の質を高めるという考え方がより強いことです。チームとして向上しようというよりも、「一人ひとりが学び続けることで、結果的に保育の質が上がる」という発想が浸透している印象でした。
また、保育者養成の実習期間の長さも特徴的です。日本では保育所に2週間、児童福祉施設に2週間、再び保育所か施設に2週間と、比較的短期間を複数回に分けて行う形式です。幼稚園免許の場合も3〜4週間の実習があります。
一方アメリカでは、3年生の前期に観察を中心とした実習があるほか、4年生の最終学期は全期間が実習でした。前半7週間の実習を終えて大学に戻り振り返りを行い、再び後半7週間の実習に出るという流れです。
LC:全期間実習というのは、たしかに日本にはない特徴です。
矢藤氏:加えて、指導体制にも違いがあります。日本では担当教員が短時間で多くの実習先を回り、学生の様子を確認しますが、アメリカでは非常勤を含む担当教員がそれぞれ10名足らずの学生を受け持ち、ほぼ毎週のように訪問していました。
そのうえで、園の担当保育者・実習生・大学教員の三者で小さなカンファレンスを行い、それぞれの評価を突き合わせながら振り返りの共有を行う仕組みがありました。
さらに興味深かったのは、実習生を指導する保育者に対して報酬が提供されていたことです。お金を受け取るか、大学の授業を3単位分受講する権利を選ぶことができるようでした。保育者自身がその単位を使って学び直すことで、処遇がわずかに改善される仕組みもありました。
このようにモチベーションを高めながら実習指導にあたる仕組みは、日本にはない選択肢として検討する価値があると感じました。
実習生が組織マネジメントを学ぶために必要な視点と養成校の役割
LC:実習生が現場の組織マネジメントを学ぶために、養成校側で取り入れられる新たな工夫やアプローチがあれば教えていただけますか。
矢藤氏:まず、実習生は保育そのものを行うことで精いっぱいになりがちです。保育をし、計画を立て、記録を書き、さまざまな作業をこなす必要があるため、現場の組織マネジメントまで目を向ける余裕がなかなか持てないと思います。
ただ私は学生に対して、保育だけでなく職員室の雰囲気をしっかり感じ取るよう伝えています。働きやすそうか、楽しそうか、ギスギスしているのか、温かい雰囲気なのかを見てみるとよい、と話しています。
また保育者同士がどのような会話をしているかにも注目するとよいでしょう。例えば誰かの陰口を言っているのかどうか、学生からそうした話を聞くこともあります。一方で、良い園では雑談の中でも子どものポジティブな話が自然と出てきて、先生方が楽しそうに語り合っています。
さらにリーダーがどのように振る舞っているか、強く引っ張るのか、あるいは先生たちの対話を見守り促しているのか、職員一人ひとりを大切にしているかといった点も、保育者としてキャリアを積むうえで重要な視点になります。学生という段階であっても、組織という観点で見ておくことはとても意味があります。
LC:たしかに、そうした点に注目するとリアルな現場の雰囲気も感じ取れそうですね。養成校側はどうでしょうか?
矢藤氏:養成校の工夫という点では、養成校が現場としっかり連携を取り、コミュニケーションを深めることが大切です。
具体的には、「こうした点も見せていただきたい」「こういう場面にも学生を関わらせてほしい」といったリクエストを互いにやり取りできる関係が望ましいと考えています。
例えば保育園・こども園・幼稚園では園内研修が行われます。小学校における授業研究に近いもので、お互いの保育を見たり、子どもの姿を持ち寄って話し合い、改善を図る場です。[SY1] 園によっては、その園内研修の時間に学生を参加させてくれることがあります。学生は「先生たちはできる人、自分はできない人」と自信を失いがちですが、先生方も悩んだり葛藤したり迷ったりしながら、正解がはっきりしない保育の中で日々試行錯誤しています。その姿を学生が目の当たりにすると、保育者が一人で抱え込まず、皆で学び合い支え合って取り組んでいることが理解できます。
こうした体験は、組織マネジメントを学ぶことにつながり、自分自身が組織の中で学びながら成長していけるという見通しを持つ機会になります。
LC:先生方の試行錯誤している姿を見ることで、自分の成長した後の姿も想像しやすくなりそうですね。実際に矢藤先生も保育現場と関わる機会があるのでしょうか?
矢藤氏:はい、私自身も実習指導の研修に講師として伺うことがあります。
その際には、実習の中で組織の在り方に関わるような部分に学生を積極的に関わらせていただけるとありがたい、ということをお伝えしています。大学として正式に制度化しているわけではありませんが、そうした工夫が重要だと考え、取り組んでいるところです。
小さな気づきの積み重ねが保育者を成長させる
LC:最後に専門性の向上を目指す若手の保育者や、組織改革に取り組む園長・主任の方々に向けて、先生からメッセージやアドバイスをお願いできますでしょうか。
矢藤氏:質の高い保育を目指そうとすると、まるで高い山に登るような大変さを感じるかもしれません。しかし、どんな高い山でも、目の前の一歩を積み重ねていけば必ず登ることができます。ですから、日々の小さなことにしっかりと注目する姿勢が非常に重要です。
子どもは、積み木が倒れないよう積むためにどうすればよいか考えたり、丸いものが転がることに気づいたりと、日々の些細な経験を通して育っていきます。保育園や幼稚園には、そうした小さな学びの瞬間が毎日のようにあります。そして、小さな子どもほど、瞬間瞬間に多くのことを経験し、成長していきます。
だからこそ、保育者には子どもの姿に興味を持ち、面白がりながら関わってほしいと思います。言葉をかけたり、働きかけを試したりして、その反応から子どもの育ちを理解する。子どもと共に過ごす中で、子どもの姿から多くを学ぶことができます。
LC:たしかに、子どもといると毎日が気付きの連続ですね。
矢藤氏:こうした日々の小さな関わりに興味を持ち、一つひとつ積み重ねていくことが、結果として保育の質の向上や保育者としての力の向上につながります。
目の前でできる小さなことに丁寧に取り組むことで、保育はもっと楽しくなるはずです。
