日々の仕事で困難はつきものです。やらされている感覚ではなく前向きに向き合い、充実感を得られるにはどうしたらいいのか。また、社会人の学びなおしやダブルワークなどを続けるためのモチベーションの維持も容易ではありません。
今回は、心理学の観点から法政大学 田澤実教授に、現代人のモチベーション管理方法や新しい挑戦に対する不安感の解消のヒントなどについてお話を伺いました。

法政大学 キャリアデザイン学部 教授
博士(心理学)
田澤 実 / Minoru Tazawa
【プロフィール/略歴】
法政大学キャリアデザイン学部 教授/博士(心理学)。専門は生涯発達心理学・教育心理学。大学生のキャリア発達、学校から社会への移行、キャリア教育の効果測定、進学・就職に伴う地域間移動(地元志向)などを中心に、全国規模の縦断調査・質問紙調査・自由記述分析・インタビュー調査を組み合わせた実証研究を行ってきた。キャリア意識の効果測定テスト(CAVT)の開発・活用研究にも携わり、教育実践とデータに基づく検証の往復を重視している。近年は、生成AIの普及が大学教育にもたらす変化、とりわけレポート作成・探究学習・形成的評価への影響に関心を広げ、NotebookLM等の資料限定型AIを活用した読解支援、問いの吟味/更新、対話ログを用いた学習過程の可視化、ルーブリック設計などの実践と理論化を進めている。
モチベーションを高めて仕事に向き合う方法
LC Asset Design(以下LC):現代の人々が仕事で充実感を得るための心理学的なヒントを教えてください
田澤氏:
仕事で充実感を得るうえで、私はまず 「自分は何を大事にしたい人なのか」 を、ある程度言葉にしておくことが大切だと思っています。立派な理念じゃなくていいんです。「私はこれだけは譲れない」「この感じが好き」「ここが嫌だ」みたいな、自分が納得できる言い方でいいと思います。
というのも、仕事って、放っておくと「やむを得ず」「とりあえず」になりやすいんですよね。ただ時間が過ぎるのを待つモードに入ると、自分の行動の意味が見えにくくなる。意味が見えないと、当然、充実感も出にくい。
もちろん、「やらされている」って感じる仕事もあります。でも、そこでいきなり“自分が悪い/会社が悪い”の犯人探しに行くと、しんどくなるだけです。むしろ一回、こう捉えるといいのではないでしょうか。
「任されていること自体が、何かを期待されているサインでもある」
そのうえで、任されている内容と自分の価値観が、少しでも接続できた瞬間に、充実感は生まれやすいと思います。だからこそ、ふだんから価値観を言語化しておくと、「今の仕事は自分にとって何と繋がっているのか」を点検しやすくなるんです。
ここで心理学の理論として分かりやすいのが、ライアンとデシの自己決定理論(Self-Determination Theory) です。ざっくり言うと、人が前向きに動くためには、次の3つが“栄養”として必要だという話ですね。
① 自律性(Autonomy)
これは、「自分で選んでいる感覚」です。全部が自由じゃなくてもいいんです。ただ、自分の価値観と接続した“選び直し”が少しでもあるか。ここが大事です。
たとえば同じ仕事でも、「やらされている」だけで終わるのか、「自分はこれを“何のために”やるのか」を一言でも持てるのかで、体感が変わります。だから、さっき言った価値観の言語化が、ここで効いてくるんですよね。
② 有能感(Competence)
これは、簡単に言えば「手応え」です。頑張った結果、何かが前に進んだ。少し伸びた。誰かの役に立った。こういう“効いた感じ”があると、人はもう一回やってみようと思えます。ポイントは、難しすぎる目標を置かないことです。ちょっと背伸びすれば届くくらいの、最適なレベルの挑戦 を置く。ここを外すと、頑張っても手応えが生まれにくくなります。
③ 関係性(Relatedness)
これは、「つながっている感覚」です。周囲が自分に関心を持ってくれている、安心できる、頼れる。あるいは「自分はこの場に何か貢献できている」という感覚です。関係性があると、人は自律的にも動きやすくなるんですよね。逆に、孤立していると、正しさ以前にエネルギーが削られてしまいます。
この3つは、園芸で言うと 土・日光・水みたいなものです。日光(有能感)だけ当てても、土(自律性)が弱いと根が張りにくい。水(関係性)を与えても、日光がなければ枯れる。人間も、どれか一つだけでずっと元気にやるのは難しいんです。
LC:ありがとうございました。自己決定理論の中で、日本人にとって欠落しやすい、足りていないと指摘されるような分野はその3つのうちではどれが挙げられますか?
田澤氏:私は、「自律性」だと思います。「自律性を持て」と言われても、いきなり持てるものじゃないんですよね。だからこそ前提として、自分の価値観を言語化するという作業が効いてきます。でも、そこまでできている人は多くないかもしれません。
一方で、有能感は「最適なレベルの挑戦」を設計できると感じやすくなります。関係性は職場の相互性、つまり、ありのままの自分で相手を大切にし、大切にされるみたいな環境があると育ちやすいです。そして重要なのは、自律性は、有能感と関係性の両方と結びついている という点です。手応えがあるから、自分で動こうと思えるわけです。つながりがあるから、自分で選び直す余裕が生まれるわけです。だから、自律性だけを単独で鍛えるというより、3つをセットで整えていく、という発想が現実的だと思います。
困難な局面に対処する際の心掛けとは
LC:ありがとうございます。では次の質問ですが、新しい役割や困難な課題に直面したときに適した対応がとれるようにするにはどのような心構えで過ごす必要があるでしょうか。
田澤氏:
まず最初に大事なのは、すごくシンプルで、不安であることを認めることだと思います。不安って、無くそうとすると逆に膨らむんですよね。「やばい、どうしよう」と慌て始める。だから、いったんこう言ってしまう。「いま不安なんだな」 と。
心理学的に言えば、不安は「適応できていない状態」です。新しい役割や新しい課題って、環境ごと変わるわけですから、最初から適応できるほうがむしろ不自然です。だから不安は、異常というより“適応の途中で出てくるサイン”なんですね。言い換えると、期待や挑戦があるからこそ不安も出るわけです。
ここで効いてくるのが、前の話ともつながりますが、自分の価値観です。「これは自分にとって、何のための挑戦なのか」ここが少しでも言葉になっていると、不安の中でも“踏ん張りどころ”が見えてきます。不安の中でも考え続けられるし、成長した先の自分の姿もイメージしやすくなります。
次に、やり方の話としては、私は スモールステップ がすごく効くと思っています。大きい目標にいきなり突っ込むと、不安は当然増えます。だから、「最終ゴール」は置きつつも、目の前の行動を 小さなゴール に分解する。小さなゴールだと、見通しが立ちます。難易度も下がります。すると「できた」が積み上がって、有能感が戻ってくる。不安って、情報が少なくて見通しが立たないときに増えるので、見通しが出るだけで落ち着くんですよね。ビジネスで言えば、いきなり大勝負をするより、パイロット的に小さく試して手応えを見るという発想に近いです。挑戦が怖いときほど、「小さくやって確かめる」。この姿勢が強いと思います。
もう一つ、同じくらい大事なのが 一人で抱え込まないことです。迷ったら、誰かに話す。相談する。これは精神論ではありません。話すだけでも脳が整理を始めます。
人に話すって、「事情を知らない相手に分かるように説明する」必要があるので、自然と自分の中で論点が整っていくんです。すると、それまで漠然としていた不安が「何が不安なのか」に分かれて、次に何をすればいいかが見えてくる。結果として、スモールステップも作りやすくなります。もちろん、相談相手がいい助言をくれることもあります。でもそれ以上に大きいのは、他者の視点が入ることで、自分では気づけなかった小さな変化が見えるようになることです。「あれ、ここはもうできてるよ」みたいな兆しって、自分一人だと見落としがちなので。
まとめると、
・不安を消そうとする前に、まず認める
・価値観に接続して「この挑戦の意味」を持つ
・目標はスモールステップに分解する
・一人で抱えず、話して整理する
この4つを回すことで、不安はゼロにはならなくても、「扱える不安」になっていくと思います。
挫折せずに目標を達成するためのアドバイス
LC:ありがとうございます。次の質問ですが、社会人になってからの学びなおしが昨今叫ばれていますが、こうしたリカレント教育やリスキリングについて、挫折せずに目標に向けて行動を維持するためのアドバイスやモチベーションを高める方法をお教えください。
田澤氏:
社会人になってからの学びって、学生時代の勉強とは性質が違うと思うんです。誰かに課題を出されるというより、まず「自分は何を知りたいのか」「何を変えたいのか」から始まる。だからこそ、途中で壁にぶつかるのも自然です。そこで大事なのは、「どうやって学び続けるか」を支える、ちょっとした心の習慣を持っておくことだと思います。
まず一つ目は、モチベーションを “最初から高くあるもの”だと思いすぎない ことです。やる気って、湧いてから始めるというより、むしろ 動き始めたあとに出てくる ことが多いんですよね。心理学的に言えば、モチベーションは「結果」ではなく「プロセスの中で育つ」側面があります。だから「やる気が出たらやる」ではなくて、「とりあえず始めるから、やる気が乗ってくる」。机に向かう、1ページ読む、音声でメモを取る、誰かに話してみる——その小さな行動が火種になります。
二つ目は、小さな手応えを可視化する ことです。完璧に理解しようとすると止まりやすいです。だから、たとえば
「今日はこの言葉が残った」
「ここまで読めた」
「この部分は説明できそう」
みたいな、ほんの小さな“前進”を記録していく。この積み重ねが、「進んでいる感覚」を支えてくれます。
三つ目は、学びを「孤独な努力」と捉えないことです。人は関係性の中で考えが深まります。誰かに話す、共有する、聞いてもらう。そうすると、自分の理解が言葉になって、曖昧だった関心が輪郭を持ってくるんですね。その過程で「あ、自分はこれが知りたかったんだ」と原点に戻れることも多いと思います。
そして結局、学び直しを支える一番の鍵は、私は「問い」だと思っています。
「これは自分にどう関係しているのか」
「なぜ今これを学ぶ必要があるのか」
こういう問いが残っていると、学びが単なる知識の吸収ではなくて、自己理解や世界理解につながっていくと思います。学び続ける人って、答えを早く取りに行く人というより、問いを手放さない人 なんですよね。その問いがある限り、学びは“自分ごと”でいられる。変化の時代に学び直しが必要だと言われるのは、結局そこだと思います。
新しい時代のキャリア点検と再設計
LC:新しい時代でキャリアを点検し再設計する方法があれば教えていただけますでしょうか
田澤氏:
キャリアの自己点検って、「どこで間違えたのか」を犯人探しする時間ではないんです。むしろ、「あのとき自分は何を感じ、どう関わって、結果として“そうなった”のか」を静かにたどる時間だと思っています。
この「そうなっちゃった」という感覚を、すごくうまく言語化しているのが北海道方言の 『〜さる』 です。たとえば
「電気のスイッチが押ささっちゃった」
みたいに言う。
私が押したわけでもない。でも誰かのせいだと言い切って責める感じでもない。気づいたら押されていたという、能動でも受動でもない“中動態”的な出来事の捉え方です。
キャリアの出来事も、実はこれに近いものが多いんですよね。自分の意志だけで決めたとも言えないし、環境のせいだけとも言えない。関係性の中で、いろんな要因が重なってそうなっていくものがあると思います。
だから私は、点検には二段階あると思っています。
まず第一段階は、「〜さる」による中立的受容です。
「気づいたらリーダーにならさっていた」
「転職の話が進まさっていた」
「その会社に入らさった」
これは、外的な要因や状況によって引き起こされた事態を表現しているようなんです。
「ならさる」: (状況的に)リーダーになる流れになっていた。
「進まさる」: (周りの後押しやタイミングで)話が前に進んでいった。
「入らさる」: (縁や巡り合わせで)その会社に入ることになった。
みたいなニュアンスでしょうか。こういうふうに、一回“責任”や“意図”から距離を取って、「変化として起きたこと」をそのまま受け止める。自分も相手も責めずに、関係を壊さずに出来事を共有できる。ここが大きいです。
そして第二段階が、「〜した」への再構成です。少し距離を取って内省できる状態になったときに、「〜さった」をそっと「〜した」と言い換えていきます。
「リーダーになった」
「転職の話が進んだ」
「その会社に入った」
これは自己正当化ではありません。“誰のせいでもない出来事”を、自分の物語として引き受け直す行為です。つまり、経験を再物語化して、次の一手につながる意味を取り戻すことを示しています。
キャリアとは、選択や成功の積み重ねだけではありません。関係性の中で“さる”ように生きながら、ときにそれを“した”と語り直す力が必要になる場面もあるのではないでしょうか。変化の多い時代だからこそ、この「語りの再調整」こそが、自己点検のいちばん深いかたちになると思います。
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