人はなぜ将来の判断を誤るのか?保険・貯蓄・AI投資の真実

現代社会では、保険や貯蓄、資産運用に関する意思決定を合理的に行うことは容易ではありません。

その背景には、確率や将来価値の判断に人間の認知的限界が影響し、適切な選択が妨げられていることが挙げられます。

本インタビューでは、金融行動の背景にある心理的要因と、AI普及時代に求められる投資判断のあり方について武蔵大学の茶野努教授にお伺いしました。

目次

なぜ人は保険や貯蓄を合理的に判断できないのか

LC Asset Design(以下LC):なぜ人々は将来のための貯蓄や保険加入について合理的に判断することが難しいのでしょうか。

また、企業や行政は人々がより適切な行動を取れるようにするために何を行うべきでしょうか。先生のお考えを伺いたいです。

茶野氏:まず、貯蓄と保険の加入は分けて考える必要があります。

生命保険について言えば、保険料は、死亡確率によって決まります。これを「給付反対給付均等の原則」と言います。しかし、人間は「死ぬか生きるか」というくらいはわかっても、死亡確率といった極めて小さな数値の評価はできません。ちなみに30歳代の男性の死亡率は0.07%程度です。

きわめて低い確率の事象を正当に評価できないため、保険料が適正かどうか判断できず、加入行動を合理的に行うことが難しくなります。

さらに、死亡や事故の確率を自分で理解している人、例えば病気がちの人などは積極的に保険に加入しようとします。これが「逆選択」と呼ばれる状態です。

保険会社としては健康な人に加入してほしいのですが、不健康な人ばかりが入ってくる可能性がある。これが保険会社にとって大きな困難を生みます。

LC:たしかに、不健康な人ばかりが加入すると保険会社は採算を取れなくなりますね。

茶野氏:保険会社の営業担当者の役割は、低い確率の事象について「認識してもらい、加入を促す」ことにあります。

しかしこのようなニーズ喚起を行うのは非常に難しい。営業職員によっておのおの販売成果が異なるのはこの難易度の高さゆえです。

まとめると、「人間は低確率の事象を適切に評価できない」という点が、合理的な生命保険の加入が進まない根本原因だと考えます。

LC:たしかに、若いうちに保険加入を勧められても「まだいいや」となってしまいます。他の問題もあったら教えていただきたいです。

茶野氏:次に貯蓄の問題です。

経済学的に貯蓄は「現在の消費」と「将来の消費」をどのように比較し、交換するかという話になります。この考え方は「時間選好率」と呼ばれ、現在を重視する人は時間選好率が高く、将来を重視する人は低くなります。原理的には市場金利と一致するべき「頭の中の金利」です。時間選好率が高い人は割引率(ディスカウントレート)が大きいので、将来の価値を低く見積もることになります。

しかし実際に、人間がこのような現在と将来の選択をすることは難しいです。たとえば、今300万円払って車を買うのがいいか、それとも5年後の購入がいいか。こうした判断を合理的にできず、目先の便益を重く見てしまう心理が働きがちになる。これが行動経済学の「現在バイアス(近視眼的行動)」です。その結果、貯蓄が進まないことになります。

このように、生命保険の加入も貯蓄も「人間の判断は必ずしも合理的ではない」ために、過少になってしまうという傾向があります。

LC:それでは、企業や行政は人々が正しい行動を取れるようにするために、どのような対応をすべきでしょうか。

茶野氏:生命保険については、営業職員が低確率のリスク(死亡など)をお客さんに認識してもらい、加入につなげるニーズ喚起型のアプローチが必要です。企業が努力すべきは、優秀な営業職員の育成です。

一方、行政として考えた場合には、自賠責保険に代表されるように、社会として必要な最低限の保障については強制加入とすることが必要になってきます。オバマケアなどは、まさにこれが争点でした。

貯蓄については、銀行がどうこうというより、個人が将来設計をできるようにする環境づくりが重要です。人は近視眼的に現在を重視しがちなので、行政は「将来どれだけの資金が必要なのか」を情報開示し、国民に将来のビジョンを提示する必要があります。

いわゆる「老後2000万円問題」のように、自身のライフサイクルに応じた資金準備の必要性を考えるための材料を提供しなければ、貯蓄の促進は進まないでしょう。

AI活用が投資効率を高める一方、未来予測は人間の判断に依存する

LC:AIの普及によって、私たちの資産運用や金融アドバイスのあり方はどのように変わっていくとお考えでしょうか。

また、その際に利用者が特に注意すべき点があれば教えてください。

茶野氏:AIが進歩するとデータ分析が非常に高度になるので、これまで個人ではできなかったような情報の整理や分析が簡単にできるようになるでしょう。

例えば新聞を読んだり、海外ニュースを調べたりしなければ得られなかった情報も、キーワードを入力すれば瞬時にまとめて提示される時代になってきています。将来的にはより精度の高い情報が瞬時に得られるようになると考えています。

つまり、AIの進歩は、投資における情報収集能力や投資収益などに関する計算能力を飛躍的に高めます。以前は個人では難しかった収益予測のシミュレーションなども、AIを利用すれば簡単にできるようになるかもしれません。このように、AIの進歩は投資の効率を高めるという良い側面があります。

LC:反対に悪い側面もあるのでしょうか。

茶野氏:投資が成立するためには売り手と買い手の存在が必要ですが、情報が画一化し判断が偏ると売買が成立せず、市場が停滞する可能性があります。AIが普及して同じ情報を基に同じ判断をする人が増えると、逆に市場に問題を生じさせることになります。

また、AIはヒストリカルデータに基づく分析は得意ですが、将来を見通すことはできません。最終的な予測判断は人間の能力に委ねられます。その差が収益の成否を決める要因になります。

つまり、AIによって効率は高まる一方、将来予測という本質的な部分は人間に残されるということです。

LC:AIに過度に期待して任せきりにしても利益は得られないということですね。

個人投資家にとって、AIに頼る比率や、人間の判断をどの程度残しておくべきかについて、教授のイメージをお聞かせください。

茶野氏:個人投資家はAIに依存する部分が多くなると思います。仕事をしながら投資を行う人がほとんどで、分析にかけられる時間には限りがあります。そのため、AIから提示された情報に基づく判断が増え、同じ情報を見て同じ結論に至る投資家が増える可能性があります。

しかし、リスクもリターンも予想外のことから生じるので、他者と異なる判断をする必要があります。そうなると、投資のプロであるヘッジファンド等々との戦いになります。個人投資家の予測が画一化する一方で、ヘッジファンド等々は市場に対して主導的に動き、影響力を持とうとするでしょう。

最終的には、ヘッジファンド等々が個人投資家に対して一歩先を行く構図になるように思います。つまり、個人投資家がAIに依存しやすくなる中で、ヘッジファンド等々は逆にAIには依存せず、自らの将来見通しや独自の戦略を用いて市場に挑んでいくと思われます。

安全資産の考え方とリスク資産の位置づけ

LC:金融市場が不安定な今、株や金以外で、個人が資産を守り増やすためにポートフォリオに組み込むべき安全性の高い資産があれば教えてください。

茶野氏:一番いいのは国債です。日本の債券は利回りが低いので米国債など外国の債券を組み込むのが有効だと思います。ただし、外国債の場合には為替リスクをうまくコントロールする必要があります。もっとも基本的に円安傾向が続くと思われますので、当面ヘッジをする必要も乏しいでしょう。

次に不動産です。先行きに不安はあるものの、当面は問題ないと考えています。ただ個別の不動産投資はリスクが大きいため、ポートフォリオにREIT(不動産投資信託)を組み込む方法が現実的です。REITは配当利回りだけをみると株式を上回っていることも多いです。

三つ目はコモディティです。コモディティは他の金融資産と異なる値動きをします。相関が高くなく、他の金融資産に対してナチュラルヘッジ機能があります。またインフレにも強いという特徴があります。原油などを個別に買うのは難しいですが、コモディティインデックスを購入することで、個別商品の価格の乱高下からある程度距離を置くこともできます。

つまり、外国債・REIT・コモディティインデックスの三つを組み込むことで、株や金だけに集中投資するよりリスク分散ができ、バランスの良い投資になると考えています。

LC:ありがとうございます。資産は「リスク資産」と「安全資産」に分かれますが、それぞれの定義があれば教えてください。

茶野氏:まず、価格変動が大きいか小さいかが一つの基準になります。一番安定しているのは現金で、次が預金ですよね。一方、株式などは価格変動、すなわち「ボラティリティ」が大きい危険資産ということになります。

つぎに重要なのは「デフォルトリスク」、つまりお金が返ってこない可能性があるかどうかです。現金には貸倒れリスクはありません。預金は1000万円までは預金保険機構によって守られていますが、それを超えると、銀行が潰れた時にはリスクが生じます。

同じく、国債は国が潰れない限り大丈夫ですが、民間企業は潰れる可能性があるため、株式や社債は国債よりもリスクが高い資産となります。

さらには、トレンドをどう読むかがとても重要です。たとえば為替相場も不安定と言われます。ただし、たとえば円安が進む等々のトレンドが続いた後には、元に戻る可能性も高くなります。これを「平均回帰性」と言います。つまり、価格変動の幅だけでなく、トレンドも考慮する必要があります。

LC:デフォルトリスクで安全資産かどうかを判断することと、ボラティリティとトレンドを合わせて総合的に評価することが大切なのですね。

もう一点、価格変動が大きい資産の例として仮想通貨があります。先生は仮想通貨への投資についてどうお考えなのでしょうか。

茶野氏:金と仮想通貨を比べると似た構造を持っていますが、金は採掘し加工された実物で、電子部品や歯科用途など実用的価値があります。

一方仮想通貨は、プログラムを解いて価値を生むものの、その価値の裏付けがまだ明確ではありません。つまり、実用性が低いという点が懸念材料で、世界の中央銀行などが価値を認める段階になれば話は変わりますが、まだそこまで成熟していません。

そのため、将来において価値がゼロになる可能性も否定できず、不安定な資産という認識を持っています。人気があるので値動きはありますが、価値の裏付けや安定性が確立していない現状では、私は懐疑的に見ています。

老後不安を減らすための長期的金融教育とライフプランの重要性

LC:金融知識の格差をなくすために、若い世代や退職前の世代など、ターゲットごとに必要な金融教育の内容、さらに国や企業が果たすべき役割についてお考えをお聞かせください。

茶野氏:現在、老後への備えに関して統計データを使って分析を進めています。その結果、老後の心配が少ない人は、ある程度リスク資産に投資できる人だと言えます。長期的な視点で10年、15年先を見据え、株式などのリスク資産に投資している人ほど老後の不安は小さい傾向があります。

一方、近視眼的に行動して安全資産に偏重して投資する人は、どうしても準備が不足しがちで、老後に対する不安が非常に大きくなる傾向があります。

したがって、若い時期に投資を始めることが極めて大切で、若年層ほど長期的視野に立って投資を行う必要性を理解してもらうことが重要だと考えています。

LC:教育現場での金融教育はどの程度行われているのでしょうか。

茶野氏:金融学科では、債券価格の求め方や市場のしくみなどは教えますが、人生のライフサイクルと資金需要、どの時期にどれだけ資金が必要かといった教育は必ずしも十分ではありません。実際に教えている先生もいますが、教育全体の比重としては低いのが現状です。

本来はライフプランナーが行うような内容、つまり長期的な視点で個人の資金需要を見据え、どれだけ蓄えないといけないかを具体的にスケジューリングする教育がもっと必要です。

LC:高校生の頃からライフサイクルに関する考え方を持ち、大学でさらに学び、社会人になったら着実に投資・貯蓄を実行していく。これが理想的な流れなのですね。

茶野氏:はい、34歳、40歳になってからではすでに遅いということになります。

ですから、長期的な視点で自分の人生設計ができる金融教育。それを早い段階から行うことが非常に重要だと考えています。

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