環境と経済は両立できるのか――生物多様性から考える、豊かで持続可能な社会のつくり方

環境問題と経済活動は、対立していて両立できないものとして語られがちです。

しかし実際には、自然環境を守ることが、私たちの健康や地域の活力、さらには企業の持続的な成長にも深く関わっています。

今回のインタビューでは、名古屋産業大学の長谷川泰洋先生に環境と経済をどう結び付けて学び、行動につなげていけばよいのか、その考え方を伺いました。

目次

環境と経済の両立を学ぶには?大学で学ぶべき視点と考え方

LC Asset Design(以下LC):まず最初の質問です。環境問題と経済活動の両方に関心を持つ学生は、大学でどのような科目を重点的に学ぶとよいでしょうか。

長谷川氏:これはなかなか難しい質問ですが、環境問題を考えるうえでは、大きく分けて2つの視点が必要だと考えています。

  1. 環境そのものの側面
  2. 社会的な側面

1つ目は「環境そのものの側面」です。

環境にどのような問題が起きるのか、そのメカニズムを理解する必要があります。自然環境をはじめ、さまざまな環境がありますが、まずは環境側の基礎的な学びが重要です。

2つ目は「社会的な側面」です。

環境問題を引き起こしているのは、突き詰めれば人間の活動です。経済活動や社会活動など、人の営みそのものに目を向ける必要があります。

この二つの領域を大きな枠組みとして捉えることが、まず重要だと思います。

LC:なるほど。環境そのものの側面と社会的な側面ですね。

長谷川氏:そのうえで具体的に言うと、環境問題の要因ともなっている「産業のあり方」は重要なポイントで、産業と環境の関係性を理解することが大切だと考えています。

第一次産業や第二次産業などに分類される中でも、特に農林水産業や工業は、自然環境や天然資源を直接利用しながら成り立つ産業です。そのため、環境問題と非常に密接に関係しています。

こうした産業を支えている生態系について、基礎的な自然科学的理解を持つことも重要だと思います。

LC:たしかに、産業については環境と経済の両方の面から考えられそうです。

長谷川氏:さらにもう一段階踏み込むと、環境問題への対応について、大きな方向性は国際社会の中で進められており、例えば、国連加盟国同士で国際目標を設定して、その目標を達成していくために各国で取り組みを進めていく流れがあります。

各国では、国際目標達成のために国内における具体的な目標を設定して、その国内の目標達成のために様々な政策をつくることとなり、経済活動もそれに合わせた形に変えていくことになります。このため、環境問題と経済活動の両方が大きく変わっていきます。

例えば、気候変動枠組条約や生物多様性条約などは、現在も国際的に動いていて、それに基づいて、各国で環境政策が実際に進められています。

こうした環境条約や政策について学ぶことで、環境と経済の両方に関わる理解がより深まると思います。

LC:国際条約が、環境だけでなく経済の動きにも大きく影響しているのですね。

長谷川氏:少し派生的な話になりますが、環境を学ぶと問題解決型の思考になりやすく、どうしてもネガティブな印象を持ったり、難しそう、堅そうという印象を持たれがちの様に感じます。

しかし、環境問題に取り組む最終的な目標は、より豊かで、持続可能で、さらに楽しい社会をつくることだと考えています。

環境問題の解決は、そのための過程であると捉え、将来達成すべき豊かで楽しい未来を描きながら、ポジティブに対処していくことが大切だと考えています。

LC:課題解決だけに目を向けるのではなく、より豊かさや楽しさのある社会をつくる視点を持つことが大切なのですね。たしかにそう考えると、徐々に環境問題意識が社会に浸透し、人々に行動を促せそうです。

環境と経済はどう結びつくのか?注目される3つの経済的アプローチ

LC:それでは、環境分野と関わりが深く、学ぶことで理解が深まる経済学の分野にはどのようなものがあるのでしょうか?

長谷川氏:経済学は私の専門ではありませんが、環境と直接関係する経済的な考え方として注目されているものがあります。

  1. 生態系サービスへの支払い
  2. カーボンオフセット
  3. 生物多様性オフセット

1つ目は「生態系サービスへの支払い」です。

英語では「ペイメント・フォー・エコシステム・サービス」と呼ばれるもので、生態系サービスを受けている受益者が、その価値に見合った支払いを適切に行う仕組みが必要だという考え方です。

例えば、流域における水の話があります。流域に雨が降り、川に水が集まり、その水が各地域に適正に配分されて水道水として私たちに届くこととなりますが、安定的に水道水が供給されるかどうかは、上流域の森林等の環境のあり方やその管理のあり方に大きく左右されます。
この水の受益者は、人口で見れば下流域の都市部の方が上流域よりも多くなることが多いかと思います。ところが下流域の都市部の人は、水が得られてることに対して、上流域に対して適切な対価を支払っているかというと、必ずしもそうではないとみられています。

この様に、生態系を維持している主体(供給者)が、多くの生態系サービスを受益者に提供しているにもかかわらず、受益者がそれに見合った支払いを供給者に支払っていないケースは少なくありません。

流域の上下流間だけでなく、考えてみれば、身近な民有地の森(鎮守の森等)とその周辺住民間、観光地と観光者間、資源輸出国と資源輸入国間など、様々な関係性の中で、生態系サービスの供給者と受益者間に不均衡があるかと思います。

こうした問題に対する仕組みとして、生態系サービスへの支払いという考え方があります。

LC:なるほど。これからこういった問題意識が強まると、政策などにも反映されていきそうですね。次の経済学的な考え方についてお伺いしても良いでしょうか。

長谷川氏:2つ目は「カーボンオフセット」です。

二酸化炭素を多く排出している国や組織が、吸収を行っている国や地域に対価を支払い、全体として排出量を相殺する仕組みです。日本においても、J-クレジット制度として制度化されています。

また、3つ目として「生物多様性オフセット」という考え方もあります。

これは開発によって生物多様性を劣化・減少させる組織が、ミティゲーション・ヒエラルキーに則って、その負の影響を最小限にするため、「回避」を最優先とし、さらに、「最小化」、「復元」してもなお残る影響について、「オフセット」をすることで、負の影響を相殺してプラスマイナスゼロを実現するか、さらにプラスの状態にまでするという考え方です。J-クレジット制度と同様に、生物多様性の質・量をクレジット化して売買する仕組みが制度化されている国も少なくありません。日本ではまだこの売買の仕組みは出来ていませんが、オフセットに準じた考え方を取り入れている例として、愛知県が実施している「あいちミティゲーション」があります。

日本における生物多様性オフセットの制度化は、近年も検討されており、今後制度化される可能性はあると思います。その際には、これまで特に経済的な評価と縁遠かった言える生物多様性の経済価値が評価され経済に組入れられることとなるため、生物多様性と経済との接点を生み出す社会的にもインパクトの大きな重要な制度になると考えています。

身近な自然が育む健康・地域への愛着・教育

LC:絶滅が心配されている植物や里山を守ることは、経済的な観点から見て、私たちにどのようなメリットがあるのでしょうか。

長谷川氏:はい。私の関心領域からになりますが、以下が挙げられると思います。まず比較的直接的なものからお話しします。

  1. 自然環境と心身の健康
  2. ワンヘルスの視点
  3. 文化的資源としての価値
  4. 生物資源としての価値
  5. バイオミミクリー(生物模倣技術)

1つ目は「人の心身の健康の維持・向上」です。

身近に自然環境や自然由来のものが多いことが、人の心身の健康の維持・向上につながる点がさまざまな研究でも指摘されています。

人が健康でいられるということは、経済活動が活発になり、社会全体の豊かさにつながります。その意味で、経済的なメリットは非常に大きいと考えています。

日本では平均寿命は伸びていますが、健康寿命は平均寿命ほどに延びていないという課題があります。平均寿命と健康寿命の差が拡がると、その分、介護等の福祉や医療が必要とされるため社会的な負担が増えることになります。健康寿命を延ばすことができる環境づくりは、今後増加が懸念される医療・福祉の負担の観点からも重要な社会課題です。

このことから、身近に自然環境を整えて自然との適度なふれあいを増やしていくことは、医療費の軽減にもつながる可能性があると指摘されています。

LC:なるほど。経済活動の面でも医療費の面でも、人々が健康でいることには経済的なメリットがありますね。

長谷川氏:特に、豊かな土壌と植生が基盤となる生物多様性の充実した環境は、私たちの健康にプラスの影響を与えるとされています。

中でも注目されているのが、土壌中の菌類です。幼少期に適度に土壌中の菌類に触れることで免疫系が刺激され、正常な免疫機能が育まれることで、様々なアレルギー反応が起こりにくくなると言われています。

このため、土壌中の菌類が豊かな地域を評価する指標として、植物の多様性が挙げられているのをご存知でしょうか。多様な在来植物が生育するには、その地域に多様な生態系が維持されると共に、多様な土壌環境が維持されていることが重要だからです。

さらに、植物の多様性は昆虫の多様性にもつながるため、特にチョウ類を指標として地域の環境づくりを進めることを推奨している研究者もいます。多様なチョウ類がいる地域には、さまざまな花が咲く植物が多いこととなります。つまりは、在来植物や絶滅危惧植物が多く存在している傾向があり、それだけ豊かな土壌もあるということです。

LC:植物が多様にあると、土壌中の菌類も昆虫の種類も豊かになるのですね。

長谷川氏:また、土壌だけでなく、大気中に存在する微生物、いわゆる大気微生物(バイオエアロゾル)も重要とみられています。私たちは日常的に呼吸を通じて多くの微生物を体内に取り込んでいます。また、皮膚に付着させています。それらが健康と深く関わっているとみられています。身近な自然や里山のような環境は、こうした大気微生物の多様性にも影響を与えます。

里山は多くの場合、都市圏の周辺に広がっています。名古屋市を例に挙げると、名古屋市周辺の東部丘陵がかかる市町に里山が残っており、名古屋市内においても東部の緑地の多くは里山由来のものです。市内の大きな緑地の多くは、今ではすっかり都市の中にありますが、60~70年前までは里山として機能していた場所です。このため、国民の多くが都市圏に住む時代において、都市内及び都市周辺の里山を維持することが、都市圏住民と自然環境との接点を考えると重要な存在になっています。

こうした里山由来の緑地を含め、多様な生き物が存在する環境を維持することで、微生物も含めた多様な生物が身近にある社会が形成され、心身の健康に寄与すると考えられます。これが1つ目のポイントです。

LC:ありがとうございます。次に2つ目の経済的なメリットを教えてください。

長谷川氏:2つ目として「ワンヘルス」という考え方があります。

これは新型コロナウイルスの流行をきっかけに注目された概念で、地域の生態系、人の身近にいるペットや家畜、都市に生息する生物、そして私たち人間の健康は、ひとつながりで関連しているものとして捉えるべきだという考え方です。

新型コロナウイルスの自然宿主(ウイルスが長期間、感染し続けることができる生物)はコウモリだと言われていますが、森林破壊などにより本来の生息地を離れたことで、家畜や食肉・ペット等として市場取引される動物、あるいは市街地に生息する動物との接触が増え、それらの動物から人へと感染する感染経路が生まれた可能性が指摘されています。

このような問題を防ぐためには、自然環境と身近な生き物、そして人の健康を一体として捉える必要があります。

LC:それは知りませんでした。具体的にはどうしたら良いのでしょうか?

長谷川氏:自然環境と人間、身近な生き物の健康を一体として捉える点で里山は重要な役割を果たします。

里山は都市部と山間部の間に位置することが多く、山間部から都市部へのバッファーゾーンとして機能しています。

里山が適切に管理されていれば、シカやイノシシ、クマなどの野生動物が直接都市部に出てくることは抑えられます。しかし、管理が行き届かず森林化が進むと、野生動物が都市部に近づきやすくなり、人的被害や感染症リスクが高まります。

例えば、山間部でイノシシが増え、家畜の豚と接触する機会が増えると、豚の感染症が発生するリスクも高まります。

このような状況は、ワンヘルスの観点から見ても望ましい状態ではありません。

LC:里山環境を維持することは、日本におけるワンヘルスの実現にとって非常に重要なのですね。次に3つ目の経済的なメリットを教えてください。

長谷川氏:3つ目は「文化的資源としての側面」です。

先ほど取り上げた様に、里山は都市部や都市近郊に多く、人々が身近に自然と触れ合える場所です。また、里山は、田畑、水路、ため池、雑木林など、人の営みによって形成された二次的自然が多く、結果として高い生物多様性を生み出してきました。

そんな里山由来の自然は、都市に人口が集中する中で、レクリエーションや教育、子どもの遊び場、さらには健康維持の福祉的な場として重要な役割を果たしています。

特に子どもにとっては、自然の中で遊ぶことは五感を刺激し、心身の健全な成長につながると言われています。また、多様な生きものとのふれあいが自然への興味関心を育み、探究心を育て、非認知能力の向上にも寄与するとみられています。

また、里山の多様な二次的自然は、季節のうつろいとともに非常に豊かな造形や景色を見せてくれます、そして、季節感を感じられる場となっています。これらは、子どもにとっても大人にとっても、学びやレクリエーションの場になります。

さらに、幼少期にこうした場所への愛着を育むことで、地域への関心や愛着が深まり、「将来的に地域をより良くしたい、残していきたい」という意識につながります。結果として、持続的な地域づくりにも寄与すると考えられます。

LC:多様な動植物が存在する環境で、都市部にいるときには抱かない不思議を感じ、関心を深める機会を増やせるのも納得です。そして、それが地域への愛着にもつながるのですね。

長谷川氏:4つ目は「生物資源としての価値」です。

近年、身近な生き物の中に、これまで知られていなかった有用な物質が存在することが次々と明らかになっています。

例えば、ニホンアマガエルの腸内細菌が、大腸がんを消失させる抗がん作用を持つことを明らかにした研究があります。ニホンアマガエルはかつては身近な生き物でしたが、カエル類の減少が著しい昨今は、個体数を減らしているとみられていまして、絶滅危惧種になるのではと懸念されています。

また、少し前になりますが、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智先生の研究では、静岡県伊東市のゴルフコースにほど近い場所から採取された土壌中の微生物から得た化合物から、多くの寄生虫感染症の治療に用いられ世界中で数億人以上の人々を救うことにつながる抗寄生虫薬「イベルメクチン」を開発しました。このように、どの生きものが将来どのように役立ち、価値を生み出すか、私たちが把握できていることは多くはなく、その可能性は計り知れないです。

植物についても、一つの植物が平均して約4.7種類の特異的成分を持つというデータがあります。世界の植物種数を考えると、非常に多くの成分が存在している可能性がありますが、私たちが把握しているのは全体の約10%に過ぎないと言われています。

LC:現在も分からないことが多い分野なのですね。最後に5つ目の経済的なメリットについて教えてください。

長谷川氏:5つ目は「バイオミミクリー」、つまり生物模倣技術の観点です。

生物の形態や構造、機能等を工学的に応用する技術は、今後も経済的に大きな可能性を持っています。

例えば、トンボやハチの飛行を応用したドローン、シロアリの巣の構造を活かした建築、オナモミから着想を得たマジックテープ、カワセミのくちばしを模した新幹線の形状、ハスの葉の構造を応用した防汚技術など、すでに多くの事例があります。

こうした技術のヒントは、身近な生物の中にも数多く潜んでいます。そのため、絶滅危惧種に限らず、できるだけ多くの生物を維持していく姿勢が重要だと考えています。

なぜ企業は生物多様性に取り組むのか?ビジネス成功につながる理由

LC:企業が生物多様性の保全活動に取り組むことは、その企業やビジネスの成功にどのようにつながるとお考えでしょうか。

長谷川氏
はい。これは環境問題と経済の両立という観点で最初の質問とも関係する部分があります。

今の社会全体の流れとして、「環境に配慮した社会へ変えていこう」という方向性があるかと思います。国際的にはさまざまな条約や目標が定められ、各国がそれに向けて取り組んでいますし、市民レベルでも環境への意識は確実に高まっているのではないでしょうか。

そうした状況の中で、企業が生物多様性の保全を含め、環境に配慮した活動を行う意義は大きく、主に5つの側面からお話ししたいと思います。

  1. 企業活動の継続性(資源の持続可能性)
  2. 企業の社会的評価・信頼の維持向上
  3. 規制等の操業条件への対応
  4. 新たなビジネスチャンス
  5. 社員のウェルビーイングとの関係
  6. バイオフィリックデザイン

1つ目は「企業活動そのものの継続性の確保」です。

企業は事業を行ううえで、さまざまな資源を利用しています。特に第一次産業はもちろんのこと、第二次産業においても天然資源は欠かせません。資源が枯渇すれば事業は成り立たなくなります。生物多様性を維持することは、企業が使う資源を持続可能な形で確保することにつながります。

2つ目は「企業の社会的評価の向上・維持」です。

先ほども言いました様に、程度の差こそあれ全体としては市民の環境保全に対する意識は高まっているかと思います。こうした中で、市民及び社会から環境に対する事業のあり方が評価されない企業は、経営資本を集めにくくなったり、製品が売れなくなったりと経営が困難になるリスクがあります。社会的評価を高めていくという意味でも、環境配慮は重要です。

3つ目は「規制等の操業条件への対応」です。

環境規制が強化されると、「この基準を満たさなければ製造できない」、「取引できない」といった条件が増えていきます。実際、使用できる物質や基準値は年々厳しくなっています。そうした規制をクリアするためにも、環境や生物多様性への配慮は欠かせません。

4つ目は「新たなビジネスチャンスにつながる可能性」です。

生物多様性を保全する事業が注目されたり、再生可能であったり循環型の新しい資源を活用した商品やサービスが生まれたりすることで、新たなビジネスにつながる場合もあります。前向きな側面として、こうした可能性もあると考えています。

5つ目は「社員のウェルビーイングとの関係」で、これは比較的新しい視点なのではないかと思います。

CSRの一環として、社員が地域の生物多様性保全活動に参加している事例は既に少なくない様に思います。一見すると、時間や体力を使うため負担が大きいように感じるかもしれませんが、保全活動の様な身体活動や新しいことに取り組むことが、ストレス軽減や健康維持につながると言われているので、地域の保全活動に参加することも、社員の福利厚生や健康向上等のウェルビーイングにつながる可能性があります。

保全活動がストレス軽減に効果を明らかにした研究もあり、科学的な裏付けもあります。休日に参加する場合でも、近年は「アクティブ・レスト」という考え方が注目されている様に、保全活動に参加することは社員の健康向上やウェルビーイングの向上につながる様に思います。

また、この観点からは「バイオフィリックデザイン」も注目されます。

これは、自然環境や自然の要素を日常的に感じられるよう、働く環境を設計する考え方です。視界に自然が入るかどうか、触れる素材が自然由来かどうか、自然音が聞こえるかどうかといった要素による、ストレス軽減やリラックス効果で社員のコミュケーションやクリエイティビティが増進することが注目されています。

つまり、従来の無機質なオフィスではなく、自然を感じられる環境を整えることで、社員がよりよく働けるようになり、結果として企業のクリエイティビティや生産性の向上につながることが期待されているのです。

象徴的な事例としては、EC(インターネット通販)企業の「Amazon」の例があります。

本社ビルの前に「ザ・スフィア」と呼ばれる建物を設け、世界中の植物を集めた空間の中に、会議やイベントができるワークスペースをつくっています。こうした環境づくりを通じて、社員の心身の健康、生産性、創造性を高めようとしています。

派生的な話にはなりますが、こうした生物多様性保全やバイオフィリックデザインといった取り組みを行う企業の場合、社員が企業への愛着や誇りを持つようになる点も重要かと思います。

地域団体との協働を行う企業は、地域から信頼され、地域の人々がその企業を誇りに思うことにつながるかと思います。地域に愛される会社で働くことは、社員にとっても大きな意味がある様に思います。

LC:生物多様性保全への取り組みは、社員、地域、そして企業の事業継続そのものをより良い形で支える重要な要素になっているのですね。

ただ、私たちは普段の生活の中で、企業のホームページなどを見て環境保全活動を確認することはあまりありません。企業は、全国の消費者よりも地域住民や投資家に向けてアピールしている側面が大きいのでしょうか。

長谷川氏:実情としては、企業は対外的にどう見られるかをかなり意識して取り組んでいる場合が多いと思います。

以前から注目されている「TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures/気候関連財務情報開示タスクフォース)」は、企業が気候変動にどれほど影響を与えているかをプラスの影響も含めて把握し、情報公開を進める仕組みです。特に金融機関や投資家目線が強く、大企業を中心に報告書が多く出されています。

そして、その生物多様性版として、「TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures/自然関連財務情報開示タスクフォース)」が本格的に始まっています。

企業活動を通じて、生物多様性にどのような影響を与えているかを把握・開示する仕組みで、特に大企業を中心に対応が進んでいます。金融機関、投資家など対外的な視点を意識し、報告書を作成・公表する企業は増えています。

企業が「どう見られるか」を意識することは、経営の観点からは欠かせないことであり、今後もこの傾向は続くと考えています。但し、これらの活動が形式だけの「グリーンウォッシュ」になっていないかどうかを私たちは見極めていかないといけないでしょう。

消費行動が企業や社会、自然環境を変えていく

LC:最後に自然環境の保護について、私たちが今日からできることがあれば教えてください。

長谷川氏:はい。自然環境の保護といっても、さまざまな段階やレベルがありますが、主に2つの観点からお話していきます。

  1. 地域について知る・関わる
  2. 消費行動を通じて支える

LC:「地域について知る・関わる」という観点からお話いただけますか。

長谷川氏:まず大切なのは「地域性」です。特に生物多様性保全の問題では、地域ごとに守っていくことが非常に重要になります。

気候変動問題と比べると分かりやすいのですが、気候変動に関わるCO₂の排出や吸収については、どこで行うかは地域性を超えて取り組むことができます。理論上は、ある国で排出が多くても、別の国で吸収できれば地球の大気全体としてはプラスマイナスゼロ、という議論が成り立ちます。

一方で、自然環境や生物多様性の場合は、国や地域ごとに固有であることが大きな違いです。多様な状態を保つためには、それぞれの地域で主体的に取り組む必要がある、という特徴があります。

そうした視点から考えると、私たちがまず優先して取り組めるのは、自分が住んでいる地域や関わっている地域の生物多様性保全活動に目を向けることだと思います。

多くの場合、地域の保全団体によって自然保護や保全が行われているかと思います。まずは身近な地域にどのような団体があり、どのような活動をしているのかを知ってもらうことが大切です。そのうえで、参加や支援ができないか考えてみることが、第一歩になるのではないでしょうか。

LC:地域について知り、関わろうとする姿勢が大切なのですね。

自分が住んでいる地域や関わっている地域の生物多様性について、団体を通す以外に知る方法はあるのでしょうか?

長谷川氏:レッドデータブックやレッドリストに目を通してみるのもおすすめです。

現在は国レベルのものだけでなく、全都道府県でレッドデータブックやレッドリストが作成されています。政令指定都市や、意欲的な市町村では、市町村版のレッドデータブックやレッドリストも公表されています。

こうした資料を見ることで、地域にどのような希少性の高い動植物や絶滅危惧種がいるのかを把握できますし、それらがどこで保全されているのかもある程度知ることができます。

多くの場合、これらの資料は各自治体のウェブ上で公開されています。保全状況や保全の現場等の具体的な情報が示されていない場合でも、アクセスすることの手掛かりになると思います。こうした情報に触れることで、地域の生物多様性への意識が高まり、保全活動への参加につながることを期待します。

LC:レッドデータブックやレッドデータリストのほうが、地域の団体について知るよりもハードルが低そうですね。

長谷川氏:さらに、身近にある緑地や保全されている場所に目を向けることも有効です。

身近な意外な場所に、貴重な動植物が生息・生育していることは少なくありません。この分野でも灯台下暗しという話はよくあります。少し踏み込んで調べてみると、「実は近所の公園や緑地がそうした場所だった」という発見があるかもしれません。そこから関心や参加のきっかけが生まれることもあります。

ここまでが、まず1つ目のポイントである「自分の住んでいる、あるいは関係している地域について情報収集をする」ということです。

LC:ありがとうございます。続いて、2つ目のポイントの「消費行動を通じて支える」について説明をお願いします。

長谷川氏:少し間接的になりますが、日々の生活の中で、自然由来のものや生物多様性に関係するものをどの程度使っているのかを見直すことも大切だと考えています。

衣・食・住といった生活の基本を振り返ると、その中に地域や国際的な生物多様性に負荷をかけているものが含まれていないか、考えることができます。

その時に意識してもらいたいのが「エシカル消費」や「地産地消」、「旬産旬消」といった考え方です。できるだけ地域のものを消費する、旬のものを選ぶといった行動は、環境への負荷を低減することにつながります。

LC:なるほど。

長谷川氏:日々の消費行動は社会に与えるインパクトが非常に大きく、多くの人がどのような消費行動を取るかによって、企業のあり方や社会の形そのものが変わっていきます。

消費行動は、どの企業や組織を応援するのかを示す、いわば一票を投じる行為でもあります。その意識を高めていくことが、結果として自然環境の保護や、それを支える制度の採用につながっていくのだと思います。

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