新時代の社会保障、これからの年金・医療制度。社会保障の未来と企業福祉の役割

ITやAIの普及により岐路に立っているのは社会保障制度も例外ではないかもしれません。特に社会人にとって企業の福利厚生は働きやすい職場のためには見過ごせないもの。

今回は、新しい時代における企業福祉のあり方や年金や医療などの社会保障制度の変化について、東京経済大学 石田成則教授に、今後の社会保障制度についてお話を伺いました。

目次

年金・医療制度の課題。情報の共有化で変わる未来。

LC Asset Design(以下LC):日本の社会保障制度の問題点の一つに年金や医療の情報が国民に伝わりにくいという現状があるかと思います。それを変えるために今後国がどのような情報公開やITの活用が進めるべきか、先生にお伺いしたいです。

石田氏:はい。最大の問題点は、加入者情報の管理が政府・自治体と企業の間で統一的・一体的に行われていないことです。国や自治体が社会保険制度を構築し運営する中で加入者情報も管理していますが、一方の民間企業でも金融商品を購入した契約者の情報が管理されています。これらは全くの別々の管理がされていて共有されておりません。こうした問題は日本だけではなく他国でも発生している課題です。

こうした問題の解決のためには、ICTのインフラなどを整備することによって両者の情報統合に繋げる必要があります。例えば、英国の事例ですが、英国では年金パスポートないしは年金ダッシュボードという名称で積極的に民間企業や金融機関の持つ(社会保険)加入者情報を統合していっております。これにより、公的年金の給付額と企業年金の給付額、そして 金融商品からの給付額を一括して情報として受け取ることが可能となるわけです。このことにより、老後の所得保障の全体を見える化させることができ、加入者側にとっては、老後の給付予定額がどのくらいで、その額は暮していくのに十分なのか等を考えることができますし、足りなければ行動に移すこともできます。ここが政策目標としての狙いとなっています。

日本ではこうした仕組みはありませんが、こうした年金の透明化は、加入者の参画意識を高めることができるため、資産形成のモチベーションにも繋がるかと思います。

これを導入するにあたっての障壁や課題についてですが、一番の課題はシステムの統合化問題です。国の年金システムの仕様と民間の金融機関のシステムの仕様は、全部バラバラなのです。これらのシステムの統合化というところから始めなければいけないので、国が音頭を取る一方で、民間企業や金融機関側の理解も得た上でシステムの統合化を実施する必要があります。これにはかなりの経済コストがかかりますし、時間も要します。最低でも3年、試行期間も入れると5年ほどの年月がかかると言われています。まずはここが大きな障壁となるでしょう。

また、国民の持つ心理的な障壁を無くす必要があります。セキュリティ対策の不足やそれに伴う情報漏洩を恐れてしまうと、これらの仕組みを国側が提案しても政策を前に進めることが難しくなってしまいます。そのため、こういった心理的な障壁を無くすことは重要です。政府としても厚生労働省が年金広報検討会を実施しながらこうした諸問題の解決、制度や仕組みの導入に向けた議論が始まっております。

企業福祉の役割とは。国の社会保障制度を補うために。

LC:ありがとうございます。では次のご質問は企業福祉についてですが、企業福祉は国の社会保障をどう補う役割があるのでしょうか?また、企業側のメリットはどのようなものがございますが?

石田氏:はい。企業福祉が国の社会保障を補う役割についてですが、日本の企業が従業員に提供する福利厚生は多種多様であり、福祉国家としての日本の特徴の一つかと思います。特に、社会保険がその中心として機能しているかと思います。社会保険料は、働いている職場の給与から徴収されるため、社会保険と労働は一体であると言えます。そして、会社側は所属する従業員の給与を支払う側ですから、その従業員の払う社会保険料も知り得る側でもあるわけです。つまり、その従業員の現在のおおよその(可処分)所得の大きさも、さらには将来的に定年退職後に受給する企業年金の額も、会社側はそうした情報を保有しています。この情報の共有を、会社側と国が行うことで、例えば老後の生活水準について働いている頃と大きな格差が発生しないようにするための方策はどうすべきかといった政策実現について、両者が連携していけるのです。

また、日本では会社の保険者として健康保険組合がありますが、会社の従業員に対して様々な予防的なサービスや健康投資を行っております。従業員が心身ともに健康であることが、労働生産性の向上に繋がり単位時間当たりの生産高を高めることができるからです。従業員への健康投資が結果的に企業の利潤を押し上げることに繋がりますし、それは一国の経済成長にも繋がります。

このように、企業が提供する福祉は、日本の福祉国家としての側面の著しい特徴であると言えますし、国の社会保障制度を補っている側面があると思います。

次に、企業側のメリットの面ですが、従業員への健康投資の結果、利潤が拡大されることはメリットとして大きいでしょう。他方で昨今は企業に対する社会的責任が問われていますし、コンプライアンスの面からも無視できないものとなっています。また、企業には多くの利害関係者の方々がいます。従業員以外でも、取引先や債権者、株主といった人たち、そうしたステークホルダー側の要望にも答えなければならない。特に昨今は、地球環境や地域の環境にも配慮しなければならないですし、働きやすい職場環境の構築も責務となっています。そして、それが株価にも反映されてしまうのです。カーボンニュートラルの推進や女性管理職の登用等の統計情報が、株の運用を行う投資家側から、運用を行う上での目安や指標として用いられるケースもあるわけです。ですので、従業員に投資を行うことで資金調達面でもメリットが出てくることがあるかと思います。

さらに、雇用の面でも、働きやすい職場環境を実現することで、より優秀な人材を獲得することが可能になります。従業員へ投資を行うことで従業員側から高い評価を受けることができれば、優秀な人材の引き留めにもなりますし、逆に優秀な人材からの応募が増えることになるでしょう。少子化、人口減社会、労働力不足が叫ばれている中では非常に重要な要素かと思います。

企業側にとってのメリットとしてはこうした点が挙げられるかと思います。企業と従業員とステークホルダーの間での win-win の関係を築くことに役立つものと考えます。

企業福祉の今後の展望。AIが変える社会福祉の未来。

LC:ありがとうございます。企業福祉の今後の展望についてお聞きしたいのですが、リモートワークの普及やAIによる業務効率化など時代が変化をしていますが、その変化とともに企業福祉がどう変わっていくのか先生のご見解をお教えいただければと思います。

石田氏:はい。現在では時代の変化と共に働く人たちのニーズも変わってきておりますし、働き方も変わってきています。その変化に合わせて国が行った年金改革のキーワードに、「インクルーシブ」という言葉があります。包括的なという意味がある単語ですが、社会的弱者の人達も含めて一人一人を社会の一員として孤立や摩擦から援護し取り込んで支え合いましょうという考え方の、ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)という言葉から派生したものです。年金改革では、これまで正社員を対象にしていたものを少しずつ非正規雇用の従業員に広げていくことでより多くの従業員を包摂していこうという考え方のもと、インクルーシブという言葉が使われています。

企業福祉の方も同様に、正規雇用と非正規雇用を分けることなく従業員側にプラスになるような福祉的な方策を提供していこうという流れがあります。これは、これまでと違って非正規雇用の労働者の割合が増えたことも理由として挙げられますし、企業側に福利厚生の充実化を働き掛けていた労働組合の加入率、組織率が非常に下がってきていることも要因です。短時間勤務の人や派遣労働者も増え、働く人のニーズが多様化しているのです。

このように、時代の変化と共にニーズも変化していますので、当然、従業員個々のニーズに合わせて多様化された形で企業福祉も提供されなければならないと思います。そのため、選択型の企業福祉というのが一般的になってきていて、例えば今まで世帯を持っていた人たちだけが利用できていたものが、そうではなくて単身世帯や子どもがいない世帯でも利用しやすくなるといったものです。

また、年金の支払い開始のタイミングも、例えば確定拠出型年金では老後ではなくて前払いという形でお金をもらいたいというニーズに合わせたプランも登場しています。

さらに、労働時間についても、自由化して欲しいというニーズもあり、ドイツでは導入されている時間貯蓄の考え方が、日本でも企業によっては導入されています。

健康投資の側面でも、付加価値サービスを提供するというのが企業の方向性としても出てきていて、例えば健康相談や投資教育をオンラインで自由に受講できるといったようなコンサルティングサービスの提供が今後の新しい形になるかと思います。

長寿社会における長期的な医療介護。公的制度だけでは足りないのか。

LC:ありがとうございます。人生百年時代を迎えた中で認知症など長期的な医療介護に備えた保険の需要も高まっていると思いますが、公的制度に頼ることができない部分について私たちはどのように備えるべきか、先生のご見解をお教えください。

石田氏:はい。これは企業福祉とも密接に結びついている内容になるかと思いますが、国の制度は、医療であれば医療給付の提供、介護であればケアマネージャーさんを通じたケアプランの作成によって介護給付の提供を受ける、といったものが中心です。

対して、民間の商品であれば、健康増進に励んでいる人、例えば1日の歩数が非常に多い人 については、保険料を割り引くといった仕組みがあります。介護保険についても、予防介護に対する知識を身に付け、日頃から足腰を強くするとか、歯の健康に気をつけるといった行動をある種のインセンティブとして、保険料の割引が行われるわけです。

その結果、民間の保険料の算出基準では個々の健康に対する努力が経済的な利得に結び付く、努力が金銭の形で報われるわけですから、モチベーションが高まるのです。

よって、こうした民間の保険に加入している方は健康リスクが低減されるため、国の社会保険料の削減にも貢献してくれるのです。こうした方々に税の還付や控除などを通じてもっと優遇措置を取れば、より多くの方々が民間の保険商品に加入できる。そうすればさらに、健康的な人が増えて国が支出する社会保険料を減らすといった好循環が生まれるのです。

そのため、将来への備えという意味では、民間の保険に加入することでモチベーションを高くより健康的な心身を維持するために日々を送ることに役立てられるのではないでしょうか。

私見ですが、国の画一的な仕組みと民間の柔軟な仕組みを上手く組み合わせることは質的な相違と表現できるかと思いますが、こういった質的に異なるものをうまく組み合わせることがより良い医療やより良い介護に繋がってくると思います。また、認知症の人を支える仕組みづくりの面でも民間の保険会社と国との間の情報の共有を速やかに確実に行えるサービスの提供が、民間の保険会社に対する評価、付加価値ということになると考えます。

災害時に民間と政府自治体との間で協力できることとは

LC:ありがとうございます。災害などの緊急時に地方自治体や企業はすぐ復旧できるよう 平時からどのような協力体制を築くべきかどうか、お聞かせください。

石田氏:はい。最も重要なことは国や地方自治体による情報の提供ということかと思います。では、どのような情報が最も大事かと言えば、社会的弱者の方々に関する情報です。高齢者や障がい者や子どもや妊婦さんですね。こういった方々が最も災害時に被害に遭いやすいからです。病院や施設に入所している場合では避難誘導等に問題は発生しにくいでしょうが、ご自宅にいる場合に逃げ遅れるといった問題が発生します。

よって、普段よりそういった方々の情報を自治体などが把握しておくことは重要ですし、生活支援を行ってより密接に関わっている方々と情報を共有する仕組みが重要なのです。自治体の職員の方々のアウトリーチ活動が必要かと思います。

インクルーシブという言葉がキーワードになるかと思いますが、色んな方々が地域のために一丸となって協力し合う仕組みづくりが大事です。地元消防団や自警団、マンションの管理組合や地元企業、ボランティア団体の人達も含めて、より一体的に情報を共有することで、災害にも備えることができるのではないでしょうか。

災害発生後の避難生活でも、社会的弱者の方々はなかなか自分から助けを求めることができないケースもあることから、自治体が健康状態に関する情報管理等により積極的に避難後の生活を支援していく必要があるとも考えます。

LCマガジン(当社メディア)では以下のような記事も紹介しています。

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