AI時代の投資入門:判断は人間、ツールはサポート

AIの進化は金融市場の構造や取引に大きな影響を与えつつあります。

特に、AIが普及した今、個人投資家がどのように判断し、投資行動を決定するかという点に注目している方も多いのではないでしょうか。

本記事では、株式やFXにおけるAI活用の現状や限界、さらには投資リスクの理解に金融工学がどのように役立つかについて、日本大学の三井秀俊先生に伺います。

目次

AIの進化と個人投資家の判断基準はどう変わるのか

LC Asset Design(以下LC):金融市場の価格変動を抑制するAIが進化すると、取引所の形や個人投資家の売買判断がどう変わっていくのでしょうか。先生のご見解をお聞きしたいです。

三井氏:この質問はよくいただくのですが、押さえておくべきことは、株価は必ず「需要と供給が一致」するところで決まるという仕組みを理解しておくことです。そこへAIが入ってきても、需要と供給が一致しなければ売買は成立しません。

つまり、重要なのは「AIをどう使うか」で、AIが発達しても株式市場の投資手法や投資形態、株式市場の構造は大きく変わらないと考えています。

LC:株価の決定原理そのものは変わらない、ということですね。

三井氏:はい。インターネットなどでもAIで株価予測をする投稿をよく見かけますが、昔、株式の売買にコンピューターが導入され、コンピューターによる取引が始まった頃にも同じような議論があったことを思い出しました。

その時も結局、株式市場の本質は変わらなかったのですが、AIでもおそらく同じでしょう。株の売買という本質的な部分は変わらず、AIで株価を直接予測しようとしてもうまくいかないと思います。

むしろ、AIの強い分野と弱い分野を理解し、どのように株式の売買に応用するかが重要です。

LC:具体的には、どのような使い方が有効なのでしょうか。

三井氏:例を挙げると、従来のコンピューターによる分析は数字データの情報しか扱えませんでした。価格や出来高など数値化されるものに関しては高度な分析が可能でした。株式やFXでは必ずチャートを見ますが、チャートの形状分析はこれまでコンピューターでは難しく、基本的には人間が目視で行っていたのです。

しかしAIなら画像認識・分析が可能で、特定のチャートパターンを自動で判断することが可能となりました。

例えば、株式・FXのチャートには「こういう形なら上昇しやすい」「こういう形なら下落しやすい」という既存のパターンがあり、AIなら世界中の銘柄のチャートを処理して、上昇パターンや下落パターンの銘柄を素早く抽出できます。

私自身も実際にそのような使い方をしています。株価そのものを“予測”するのではなく、補助的ツールとして活用するのが現段階のAIでは適切だと思います。

LC:なるほど。チャート分析を効率化する方向での活用なのですね。

三井氏:もう少し具体例を挙げると、私がよく使うのは「カップ・ウィズ・ハンドル」や「ダブル底」など、株式投資やFXでは有名なチャートパターンです。従来の分析ではこれらを自動で認識できませんでしたが、AIなら可能です。

日本と米国の株式を合わせると何千銘柄もありますが、AIを使えばその中から該当パターンを持つ銘柄を即座に抽出できます。そこから先は他の条件を考慮して人間が判断し、どれを買うか決めるだけです。

これまで膨大な時間が必要だった作業が一瞬で済みます。これが今のAIの活用として非常に合理的だと思います。他にも工夫次第で使い方は多々あると思います。

LC:AIとチャートパターンを組み合わせてトレードした場合、AIの指示によって良い結果を継続的に得られるのでしょうか。

三井氏:まず、皆さん「AI」という言葉で一括りにしがちですが、実際にはさまざまなAIが存在し、それぞれ構造や仕組みが異なります。

皆さんがイメージするAIは、囲碁や将棋で人間に勝つAIだと思うんです。でも、AI同士が戦ったらどうなると思います?

LC:ええ…どうなるんでしょう。

三井氏:AIで投資をする方には、ぜひともそこを考えてほしいんです。AIが人間を超えても、AI対AIとなればまた別の話です。戦闘機でもそうですが、AIを搭載した戦闘機同士が戦えばどちらも高度に学習し合うので、勝敗の結果は予測できないと思います。

株価も同じで、需要と供給が一致しなければ株価は決まりません。では「AI対AIだけの市場」を想像したらどうなるか。AIだけで売買を完結させる世界を想像すると、その先にどんな構造が起こるか考えてみて下さい。

LC:全く予想できませんが、AIの精度に大きく影響されそうな気はします。

三井氏:まさにその通りで、AIといっても種類があり、どれを使うかで結果も変わります。証券会社もAIに独自の名前をつけて提供していますが、構造やロジックはそれぞれ違います。

結局言いたいのは、最終的にはAI同士の戦いにはならないし、最後に判断するのは人間であるということです。AIはあくまで補助的ツールであり、どこまで投資判断に活用するかがポイントです。

もう一つ重要なのは、AIを使っても「自分の欲望と恐怖には勝てない」という点です。株式市場の値動きは激しく、AIが「この銘柄は一度下がるがその後上がる」と示しても、人間は途中の下落で怖くなって売ってしまうことが多いと思います。

結局、AIが優秀でも人間の感情が投資結果に影響すると考えます。

個人投資家に適した投資対象は何か──“新しい商品”よりも王道が重要

LC:暗号資産の先も含めて新しい金融商品が増える中で、今後注目すべき新しい投資対象とはどのようなものがあるのか、先生のご見解をお聞きしたいです。

三井氏: 個人投資家の人たちが投資対象とするのは、古典的には株と不動産だけしかないと思います。

最近は暗号資産を入れてもいいと思いますが、株式投資をしている方でリスク資産の変動をある程度理解している方は大丈夫だと思いますが、いきなり暗号資産から入るのはやめたほうが良いと思います。

もちろんFXは個人投資家はやらないほうがよいと思っていますし、他にもいろいろありますけれど、個人投資家ができる投資対象ではないと思います。個人投資家でFXで成功している人もいますが、自分にも当てはまると考えない方がよいと思います。

一言でまとめると、新しいものはあるけど、個人投資家としてするのであれば、やっぱり株式ぐらいだと思います。

LC: 株式でもいろいろ種類がありますが、特に個人投資家に適しているものは何ですか。

三井氏:いわゆる現物株と投資信託、ETFぐらいにしておかないと、多分個人投資家は損失に耐えられないと思いますね。

あと個人だと長時間待てないという特徴もあるので、新しいものの中でも個人投資家が新たに取り入れられるものはあまりないと思います。

AI高速取引が引き起こす市場変動と潜在的リスク

LC:AIによる超高速取引が一般化することで、市場全体に予期せぬトラブルやリスクが生じる可能性はありますか。

三井氏:AIの高速取引がどんどん広まってくると、価格の動きが急激になります。日経平均などでも見られますが、一度ある程度上がると、多くのAIが似たようなプログラムやシステムで判断するため、「何%株価が上がると買う」という同じ方向の判断が集中します。その結果、1日の値動きの幅が、以前と比べてかなり大きくなっています。

従来は1日で1〜2%程度しか動かなかったものが、AIの高速取引によって5〜6%、ひどいときは10%動くケースも増えています。

それから「フラッシュクラッシュ」と呼ばれる現象があります。

LC:「フラッシュクラッシュ」とはどのような現象なのでしょうか。

三井氏:フラッシュクラッシュとは、需要と供給が噛み合わず、買いがほとんど入らない一方で、売りだけが急激に出ることで発生する現象です。

例えば、AIは同じ方向に動きやすい特性があるため、一時的に売買が成立しなくなり、株価が急落するケースが珍しくありません。その結果、数秒の間に10〜20%も下落し、しかしその直後に元の水準へ戻ることがあります。急落したことで今度は買いシグナルがAIから一斉に発されるため、短時間で大きく反発するのです。

このような「瞬間的な価格変動の激化」は、近年ますます多く見られるようになっています。

とはいえ、市場が開いている間ずっと全てのAIが回り続けているわけではありません。

LC:詳しくお伺いしたいです。

三井氏:プロの投資家でも、自分が買い集めたい局面でAIを使い、目的の数量を買い終えたらそこで取引は終わりにする場合もあります。1日の株価の動きを見れば分かるのですが、1日中AIがフル稼働して全銘柄に対して売買をしているわけではありません。

つまり、超高速取引は導入されていますが、市場が開いている間ずっとすべてのAIが常時稼働しているわけではないということです。

LC:AIで取引すると、人間が取引するよりも回数が非常に多くなると思います。証券会社のサーバーに負担がかかることを懸念し、取引を制限をする動きなどはあるのでしょうか。

三井氏:ありません。プロの機関投資家等は「コロケーション」といって、何億円も払って東京証券取引所の中に自分たちのサーバーを置きます。

情報の伝達速度は距離に比例し、どれだけパソコンが高速化しても取引所までの距離が近い方が有利になるから、というのがその理由です。

今のところ、超高速取引を規制するほどの負担は、証券会社にはかかっていません。

金融工学の基礎が投資リスク理解に不可欠である理由

LC:金融工学の知識が、特に若い世代が初めて投資をする際にリスクを理解するためにどのように役立つか教えていただきたいです。

三井氏:結論から言うと、すごく役立ちます。例えば、「ボリンジャーバンド」という用語は株式投資やFXをしている方なら一度は聞いたことがあると思います。ところがネットで調べても、途中までしか説明していないんです。

LC:途中まで、ですか?

三井氏:そうなんです。ボリンジャーバンドはジョン・ボリンジャーさんが開発したものですが、原著とネットに出ている解説を見比べると、後者にはボリンジャーさんが言っていないことまで混ざっているんです。これは、導入部分の話です。

典型的なのが「2シグマに入る確率は95%」という説明です。ネットの解説では、ほとんどこれしか書いていません。これは、導入部分の話です。この考えを株価変動の分析に応用したらどうなるかということです。

金融工学や統計学を学んだ人は「前提が違う」とすぐ気づきます。なぜかというと、2シグマで95%というのは正規分布を仮定した場合の話で、株価の動きは正規分布に従っていないからです。

LC:金融工学を学ぶことで、前提から違うことに気付けるのですね。

三井氏:はい、実際には株価収益率の分布は t 分布に近いことが知られています。それに、ボリンジャー氏自身は「20日移動平均線」を推奨していますよね。

統計学を学んだ人なら「観測個数が20しかないのに、正規分布を前提にしても95%なんて言えるわけがない」とすぐ気づくはずです。実際、ボリンジャーさんの本にもそう書いてあります。20日のデータで95%の確率にしようとすると実際の分布はもっと広がり、バンドも広くなるのです。

しかしネットや YouTube の解説はそこを無視しています。だからまず言いたいのは、金融工学を勉強していると、こうした「誤解」に気づくということです。

もう一つ例を挙げます。

 RCI は順位相関係数を使っていますが、インターネットの解説では詳しく説明していません。実際には「日付と株価との順位相関相関」を計算しています。これが何を意味しているのか、皆さん、考えてみて下さい。

このように、インジケーターの解説には誤解が非常に多い。使うのは構いませんが、本来の意図や計算方法を理解したうえで使うべきで、そのためには金融工学や統計学の知識が必要です。

LC:自分も一時期ボリンジャーバンドを使っていたのですが、思ったよりも成績は伸びませんでした。

三井氏:私が計算したところ、20日移動平均線の場合、±2シグマに入る確率は87%前後です。95%ではありません。ボリンジャー氏の本には、経験的には88%~89%と書いてあります。マーケットや期間で多少ズレてきます。

この前提を理解していれば、ボリンジャーバンドは非常に有効なインジケーターになります。ネットの誤った理解のままだと損をしますが、正しく理解すれば強力に機能します。

さらに言うと、株価そのものではなく「株価の対数」を使うべきだという点もボリンジャー氏は明記しています。彼の本の図はすべて対数目盛りになっています。しかしネットではこの点を指摘している人はほとんどいません。彼の本を読んでいない証拠です。金融工学を勉強していると、株価に対数をとって分析することがいかに重要かわかります。

だから、ボリンジャーバンドを使う人は必ずボリンジャー氏の本を読むべきです。ネットの安易な解説だけで使うのは危険です。

LC:今の例はボリンジャーバンドですが、ローソク足や移動平均線など他の指標を使う場合も、詳しい解説を一通り読んだ方がよいのでしょうか。

三井氏:そうですね。移動平均線にしても、何日の移動平均線が良いという話ではなく、移動平均線自体が何を意味しているのか、そして、なぜ移動平均線を使うのか。その本質を理解した方が良いのです。

LC:私もそうなのですが、わからない言葉や分析手法が出てくると、すぐネットで調べて「なるほど、こういうことか」と理解したつもりになってしまいます。

実際、開発者の本を最初に読むべき」という発想があまり普及していないと感じています。どうやって広めていけばいいのでしょうか。

三井氏:正直、難しいんじゃないですかね。マーケティングの分野でも似たような状況がありますが、結局、多くの人は「本当のことを知りたい」とは思っていないんですよ。

たとえばボリンジャーバンドという単語を初めて聞いた人がいたとしても、たいていはネットで調べて終わりですよね。しかし、プロならそんなことはしません。ボリンジャーバンドとは何か、実際はどうゆうものなのか、ボリンジャー氏という開発者がいて本も書いていることを知ったら、すぐに原典を読むはずです。

大学で研究していると、それを強く感じます。ネットだと他人の情報をそのまま写して拡散できてしまう。誰かが発信した内容が、何度もコピペされて広がっていく。ネットの情報の多くはその繰り返しです。

しかし大学ではそうではありません。必ず原典を確認し、自分で確かめる。再現性があるかどうかを実際のデータで検証してみる。それが研究者の姿勢です。だからこそ、ネット情報の危うさがよく分かります。

LC:AIが普及したのはここ数年だと思いますが、ネット情報と同じようなリスクがありそうです。

三井氏:はい、AI の中にはネットの情報を大量に集めてフィルタリングして生成しているものもあるので、当然、間違えた情報を拾うこともあります。実際、AI が出す回答に誤りが含まれることは珍しくありません。

さらに AI のフィルタリングの方法も様々なので、誤情報が“多数派”だった場合、それを正しいと判断してしまうことがあるわけです。

そのため、自分が詳しい分野で一度 AI に質問してみて下さい。「あれ?」と思う場面が結構あります。

もちろん、AIの出す情報が信用できると感じたら、自分の判断を捨てた方が良い場合もあります。最初に話した通り、AI が強い分野では AI を使えばいいし、AI が弱い分野は人間が判断する。そうやって使い分けるべきだと思います。

LC:今のお話を伺って、個人投資家とプロ投資家の違いがよく分かりました。AI の扱い方や原典を読む姿勢など、根本の取り組みが違うんですね。

三井氏:その通りで、 取り組み方が本当に違うんですよ。一般の投資家でも、2〜3年はしっかり勉強した方が良いです。多くの方は安易に始めすぎです。株式、FX、暗号資産への投資もしっかり勉強してから取り組んで下さい。

基礎を学び、データ分析をして、デモトレードをして、それを最低2年、できれば3年してから実際のトレードに入るべきです。そうしないと途中で資金を失ってしまいます。

だから最初は絶対に無茶をせず、最低限の取引金額でやらないと危ないです。勉強が終わる前にマーケットから退場してしまいます・・・。

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