AI時代の金融と経済 ~AIが銀行経営に与える影響~

日々ますます社会に浸透していくAI。普段の生活でもAIによるサポートが大きくなっていますが、金融業界でも加速度的に浸透し様々な銀行業務に影響を与える存在になっています。

今回は、金融経済や銀行業務にAIが与える影響について、駒澤大学経済学部教授の代田純先生にお話を伺いました。

目次

AIの影響を受ける5つの銀行業務

LC Asset Design(以下、LC):様々な業種でAIによるサポートが当たり前になっていますが、金融経済、特に銀行業務において、どのような業務がAIによる影響を受けて変わってきているのか教えていただけますでしょうか?

代田氏:はい。AIによる影響を受ける銀行業務については、大きく分けて以下の5つの分野が該当するかと思います。

まず、第1の分野は、顧客サービスの分野に影響が大きいと思います。マーケティングやクレジットスコアリング、チャットボットによる直接的な顧客対応もこれに該当するかと思います。

 新規顧客の獲得に向けたマーケティング戦略にAIは使われておりますし、日本ではターゲティング広告の利用が多いかと思います。潜在的に需要があるお客さんの掘り起こしは重要ですし、そうしたお客さんに集中的にメール送信するなどの判断の合理化や効率化に有用です。

 次に、チャットボット。これは昨今利用している企業は増えてきておりますが、お客さんからの問い合わせや回答などのやり取りをAIにやってもらうものです。事前に銀行側では想定問答を用意しておりまして、例えばフィンランドの大手銀行では2万4,000パターンの質問を想定して準備し、AIに回答させています。

 また、クレジットスコアリングについてですが、これは融資を希望する顧客に対して銀行側がどのように評価して与信判断するか、これをAIによって点数化して判断するという方法です。

 マーケティングによって掘り起こした新規顧客について、その直接的な対応をもとにチャットボットによりAIが受け答えを行い、与信判断についてもクレジットスコアリングによるAI活用が行われている。AIの登場は銀行の顧客サービス業務の効率化をもたらしています。

 次に第2の分野ですが、会社の管理運営業務の効率化に与える影響が挙げられます。直接的な顧客サービス以外でもAIによる業務効率化は進んでおり、システム面やソフトウェア関連でのオートメーション化やリスクマネジメント能力の向上に寄与しています。例えばコーディングの作業はAIによるオートメーション化が進展していて業務の効率化がされていますし、自社データベースの管理運営の面でもAIは有用で、人事データベースを活用して自社の人材の育成や人員配置などでより的確な判断が可能となっています。リスク管理におけるAI活用という点では、例えば投資業務ではトレーディングや為替などで局面によってポジションは変わってくると思いますが、そこのマネジメントをAIが行うことでリスクを低減する仕組みが構築されています。

 第3の分野は、投資業務の分野です。証券の運用やデリバティブ取引業務などのトレーディングの分野では、AIを用いたアルゴリズム取引が活用されています。コンピューターソフトウェアに対し事前に想定した局面での売買の指示を設定するといった手法で、現在では1秒間につき10万回ほどの取引が可能となってきています。自動売買ですね。人間がこのような回数の取引は不可能ですので、アルゴリズムを組んだAIによるトレーディングが主流となっております。

 さらに、トレーディングの分野では価格の発見機能でもAIが活用されています。これは、金融商品の価格設定に関してですが、株式市場に未上場の会社もあることからいつも値段がつくとは限らないわけです。需給のバランスを分析して価格の合致点を見出して値付けするということが必要ですが、AIに過去の取引データの学習を事前に行っておくことで速やかに価格設定を行うことが可能となります。

 また、トレーディングの分野ではインターネットユーザーの感情分析、センチメンタル分析もAIの有用性の一つであるとされています。インターネット上やSNS上の数多くの意見を集約し傾向を分析する機能です。例えば、日本銀行の政策金利について引き上げが行われたとしてそれを肯定的に捉えるか否定的に捉えるか賛否は分かれると思いますが、それらの意見を集約させて国民の声として感情分析を行い、それを政策判断の材料にするという手法です。これは、日銀のような中央銀行の決定に限らず、株式投資の場面においても資金運用に役立たせる動きが出てきておりまして、昨今注目をされております。

このように、投資業務分野においてはアルゴリズム取引や価格発見機能、センチメンタル分析においてAIが活用されているのです。

 第4は、アンチマネーロンダリング(AML)等のコンプライアンス分野においてです。マネーロンダリングとは、反社会的勢力などが、犯罪や不当な取引で得た資金を正当な取引で得たように見せかけたり、多数の金融機関を転々とさせることで資金の出所をわからなくしたりする行為です。これが麻薬取引や脱税、テロリストの資金源になったりするので、テロリズムが過去に複数発生したヨーロッパでは、マネーロンダリング対策のためのAIの活用が進んでいます。いわゆるCFT(テロ資金供与対策)です。日本国内でも金融庁や警察庁を中心に金融機関でも対策が進んでおり、KYC(本人確認手続)が重要視されております。これは、従来型のパスワード形式の本人確認方法では抜け穴があり、犯罪集団による口座の乗っ取り被害が多発して、これまでの方法では限界だと指摘されてきた経緯があります。そのため、このKYCをどのように安全に確実にスピーディーに行うのかということが焦点になるかと思いますが、例えば、大手のフィンランドの銀行では、インターネットバンキングを利用する際にはスマートフォンアプリの顔認証システムを用いて、AIによる本人確認を実施しています。このように、犯罪対策のためのコンプライアンス分野においてもAIの利活用が可能であるということでした。

 ただし、EUではAI法がすでに成立しており、顔認証のデータベース化等は個人情報保護の観点から禁じられています。また人事面でのAI利用についても、採用にあたり応募者に公平性が守られる等の条件がついています。

 最後の第5番の分野ですが、サーベイランスです。AIによる監視機能ですね。例えば、預金者の口座で不審な資金変動があった場合にAIが不正検知を自動的に行い、通知する仕組みになっています。こういった仕組みはリアルタイムで行わなければなりませんので、AIによるモニタリングが重要なのです。

このように、銀行業務の運営においては上述の5つの分野でAIが使われるようになってきております。AIの基本的な利活用については、現在のところ国内の銀行では文書作成等に主に使われていますが、今後は顧客対応等様々な場面で利用拡大されていくかと思います。

AI時代で銀行が生き残るための戦略とは

LC:ありがとうございました。では、次の質問です。GoogleやAmazonといったアメリカのIT大手企業も金融サービスに進出してきていますが、これから銀行が生き残るためのAI戦略はどのようなものがあるのでしょうか?

代田氏:はい。アメリカのIT大手企業の金融サービス進出の特徴としては、クレジットカード会社や既存の銀行との提携によるグループ化という点だと思います。これはなぜかというと、現在までアメリカのIT大手企業は、銀行免許を取得していないのです。そのため、例えばAmazonの場合はJ・P・モルガン・チェースやビザカードと提携することで、決済システムを通じて顧客の囲い込みを行うわけですね。Amazonで買い物をする、その支払いにビザカードを使わせる、そのビザカードの引き落とし口座をJ・P・モルガン・チェースに指定させるといった手法です。Appleの場合はゴールドマン・サックスやマスターカードが提携先ですね。アメリカIT大手と対照的に、中国のIT大手企業は、中国で銀行免許を取得しています。アリババやバイドゥですね。

 では、日本企業はどうなのか。まず挙げられるのは、楽天グループでしょうか。楽天は中国IT大手と同様に、自社で金融サービスに乗り出しています。グループ内に楽天銀行や楽天証券といった金融機関を持っていますので、楽天カード経由で楽天銀行から引き落としを行うと非常に多くのポイントが貯まるといったグループ内の仕組みを構築することができています。

 次に、一般の銀行の場合ですが、インターネット通販サイトにおける決済口座を自行に指定してもらうという戦略があるかと思います。ECサイト上では決済代行会社のAPIを利用して自社サイト内で決済が行われる仕組みになっていますが、そうした会社との提携関係という面が焦点になるかもしれません。これまでは、このAPIの接続をする際に銀行側から割高な手数料が請求されていた実態がありました。その理由としては、銀行側が決済システムを構築する際に多額の投資を行ってきたためで、それを無料で開放することは当然できないということはあるかと思います。しかし、この手数料の多寡については今後柔軟に検討していくべき時期が到来しているのではないでしょうか。手数料を割安にする代わりに決済件数や取引量を増やすといった戦略へと変えるべきかと思います。でなければ、楽天グループのような自社サイトで多くのポイントを得ることができる会社の方が、消費者目線からしたら魅力的に映るのではないでしょうか。

これからの時代の銀行と企業の連携

LC:ありがとうございました。では、次の質問です。今後の銀行とIT企業や一般企業との連携や協力についての見通しや銀行が果たすべき役割などを教えていただけますでしょうか?

代田氏:はい。銀行にお勤めの方にとってはちょっと耳が痛い話になるかもしれませんが、銀行本体はこれから不要になってくる時代が到来するかもしれないという意見が学会などでは挙がっていました。ですが、これは銀行の機能面が不要になるという意味ではありません。決済面での機能や預金の受け入れ機能などの機能を、必ずしも銀行側が提供する必要ないという意味です。

例えば、住信SBIネット銀行の住信SBIネオバンクというサービスでは一般の事業会社に決済機能やポイント還元等の顧客サービスを提供しています。日本航空と提携したJALネオバンクやVポイントカードと提携したVネオバンクなどがあります。これらは住信SBIネット銀行が預金口座や決済機能を提供しておりますが、こうしたサービスを提供した対価を銀行側も受け取っていくことが可能ですので、今後はこうした形の収益事業が重要になってくるのではないでしょうか。
注)同行はNTTグループによる株式取得が進行中だが、現状では社名に変更はない。

これからの時代で銀行が生き残っていくには

LC:ありがとうございました。では、次の質問ですが、マイナス金利の時代が終わって金利が上がっていく中で、銀行側は預金や貸出以外でどのように収益を上げていけるのか、先生のご見解をお聞かせください。

代田氏:はい。銀行の収益構造としては大きく分けて預貸業務収入と役務手数料収入が挙げられるかと思います。預貸業務では預金を受け入れて貸し出しすることで利鞘から利益を得る、手数料収入は振込などの決済業務や投資信託、変額保険などの金融商品の売買時に発生します。

 これに加えて、証券などの運用収益を上げていく必要があるかと思います。銀行自身の資金運用としての証券運用では、少なくない数の銀行が評価損を出していますので、長い目で見たリスクヘッジを考慮して国債や社債や外債などで運用していく必要があるかもしれません。

 一方、手数料収入はここ10年ほどの期間では伸びているとは言い難いのですが、これに関しては、NISA経由の投資信託などの手数料収入は伸びているので、投資信託等での手数料収入の増加は今後見込めるのではないかと思います。これまでの運用方針としては、日本国内では日経平均インデックス運用型の投資信託をETFで購入していくのが主流でしたが、今後は暗号資産をETFで運用していくことが解禁になる可能性があります。リスクヘッジを十分に行わなければ金融庁の認可が下りませんのでいつになるかまでは断言できませんが、ビットコインあるいはステーブルコインなどについても今後2,3年以内で認可の動きがあるかもしれませんね。こういった顧客の資産運用による、スマホアプリ経由での手数料収入の増加が銀行にとって重要な収益源になっていくのではないでしょうか。

LC:ありがとうございました。

この記事を書いた人

目次