リモートワークの普及は、働き方の柔軟性を高める一方で、組織内の関係性や仕事への向き合い方に新たな課題をもたらしています。
雑談や空気感の共有が難しくなる中で、心理的安全性やワークエンゲージメントをいかに維持・向上させるかは、多くの組織にとって避けて通れないテーマです。
本記事では、近畿大学の多湖雅博先生に、リモート環境下で顕在化する課題と、その解決に向けた視点についてお話を伺いました。

近畿大学 短期大学部 商経科 講師
多湖 雅博 / Masahiro Tagoo
【プロフィール/略歴】
医療機関を対象とした組織開発を中心に、マネジメントやリーダーシップ、メンタルヘルスなどについて研究しており、働く皆さんがWin-Winの関係を築ける組織を経営学の視点から考察している。著書に『経営理念・経営ビジョン/経営戦略』(日本医療企画)、『職場の経営学:ミドル・マネジメントのための実践的ヒント』(中央経済社)、『対話型組織開発(AI)を用いた活き活き社員のつくり方』(パブファンセルフ)などがある。
リモートワークがもたらす関係性の希薄化と、ワークエンゲージメントへの影響
LC Asset Design(以下LC): リモートワークの普及が、組織開発やワークエンゲージメントにどのような新しい課題をもたらしているとお考えでしょうか。また、それに対する解決策や、先生ご自身の研究の方向性があれば教えてください。
多湖氏:まず一つ目は「関係性」が見えにくくなることだと感じています。対面で働いていた頃は、ちょっとした雑談ができたり、場の空気感から感情や状況を自然に察したりすることができていました。
しかし、リモートワークではそうしたやり取りが難しくなり、必要なことだけにコミュニケーションが限定されがちです。その結果、関係性が希薄になりやすい状況が生まれていると、実践や研究の現場で示唆されています。
その影響として、最近よく言われる「心理的安全性」が低下しやすくなると考えています。この場でこういうことを言ってよいのだろうか、発言したら否定されたりしないだろうか、といった不安を感じ、本当に言いたいことが言えなくなってしまう。そうした状況が生まれやすいのではないでしょうか。
私たちの研究では、心理的安全性を一つの資源として、ワークエンゲージメントが高まるという関係性が、私たちの研究や関連分野の先行研究を通して、ここ数年で明らかになってきました。ですので、心理的安全性の低下は、ワークエンゲージメントに影響を与える重要な要因だと考えています。
LC:たしかに、リモートワークだと空気を読むことが難しく、必要最低限のやり取りだけで済ませてしまうことが多いですよね。他にも課題があったら教えていただけますか。
多湖氏:二つ目の課題は、仕事のやりがいや意味の感じにくさです。仕事は、単に業務をこなすだけではなく、それが何につながっているのか、自分がどのように役に立っているのかといった意味を感じられたときに、やりがいが生まれるものだと思っています。
しかし、リモートワークの環境では、そうした「川上から川下まで」のつながりが見えにくくなっている部分もあるのではないか、という傾向が見られると考えています。もちろん、うまく運用されている企業もあるとは思いますが、全体としては、なお課題が残っていると考えています。
LC:対面だとなんとなく全体の流れや自分の仕事がどう役に立ったのか見える化されますが、リモートワークだと何かしら工夫をしないといけないですよね。
これらの課題に対する具体的な解決策については、どうお考えですか。
多湖氏:これらを解決するためには、リモート環境であっても、関係性づくりや双方向のコミュニケーションを意識的に設計していく必要があります。まさに、これまで自然にできていたことを、仕組みとして意図的につくることが重要になってくるのです。
例えば、業務報告だけでなく、「何がうまくいったのか」「誰に感謝したいか」「どんな成功体験があったのか」といったことを共有できる場を設けるのも良いでしょう。手間はかかるかもしれませんが、こうした取り組みは必要だと考えています。
私が取り組んでいる組織開発の手法も、まさにそうした共有や対話を重視するものですので、リモートワークの文脈にも十分に適用できると考えています。
LC:ありがとうございます。
リモートワーク中心の環境では、新卒や中途採用の方が組織文化や会社全体のビジョンを理解しづらい面もあると思います。組織への帰属意識にもつながってくると思うのですが、この課題についての意見もお伺いしたいです。
多湖氏:大学の授業などでも理念やビジョン、文化について話すのですが、どれだけ立派な理念やビジョンがあっても、言葉で伝えるだけでは多くの従業員にとって自分ごとにはなりにくい、というのが実情だと思います。もちろん、理念に強く共感して入社する方もいますが、それだけで組織文化が共有されるわけではない、というのが現実だと思います。
では、何が大切かというと、理念やビジョンにのっとった行動を実際に示すことです。特に、トップに近い立場の方や先輩社員が、その理念に基づいた行動を取り、それによって成果を上げている姿を見ることで、「これが正解なのだ」という意識が新入社員や部下に伝わっていきます。
また、そうした行動が評価されたり、表彰されたりする仕組みがあることも重要です。報酬に直結するかどうかは別として、理念や文化に沿った行動が報われる仕組みをつくることが、最も近道だと考えています。
この点をリモートワークに当てはめると、行動を「見せる」ことが難しいという課題があります。ただし、見せ方を工夫できれば問題はないとも思いますし、難しい場合でも、理念に沿った行動によって評価を得た事例をリモート環境でも共有していくことで、一定の効果は期待できると思います。
とはいえ、人間は視覚情報の影響を強く受けるため、そのあたりをどう仕組みとして設計するかは、今後の課題です。この点については、私自身も現在進行形で研究を進めているテーマです。
LC:ありがとうございます。改めて確認させていただきたいのですが、多湖先生の研究の方向性については「共有や対話でどう組織づくりを進めていくか」という解釈でよろしいでしょうか?
多湖氏:そうですね、オンライン上でどのような仕組みづくりが効果的なのか、その効果を検証していく必要があると考えています。また、オンラインだけでなく、時には対面での場づくりを組み合わせた組織開発も重要でしょう。どちらが良い悪いという話ではなく、その場に応じたやり方を選択していくことが大切だと思います。
いずれにしても、管理や統制を強めるマネジメントよりも、特にリモートワークでは、関係づくりや意味づくりを中心に据えた関わり方が重要になります。
まだ研究の途上ではありますが、そうした方向性の研究が今後必要になってくると考えています。
医療機関における組織開発の必要性と、職種間連携を乗り越えるための鍵
LC:先生のご研究では一般企業だけでなく、医療機関の組織開発にも注力されている印象があります。医療機関に注力されている理由と、医療機関特有の組織開発における課題について教えていただけますでしょうか。
多湖氏:医療機関に注力している理由としては、医療機関が多様な専門職の集まる組織である点が挙げられます。医師、看護師、薬剤師など、ほとんどの職種が国家資格を持ち、それぞれの養成過程で「医師とはこういうもの」「看護師とはこういうもの」といった価値観を強く身につけてきていますよね。
これは決して悪いことではありませんが、同じ医療機関で患者さんの状態を良くするという共通のゴールを持っていながらも、職種ごとにアプローチや考え方、価値観が大きく異なるため、衝突が生じやすい状況にあります。
さらに、医療機関ではヒエラルキー構造の中で、医師が指示を出す立場にあるという非対称な関係性が存在します。日本の保険診療制度では、医師の診察と指示を起点として、看護師や薬剤師、理学療法士などが業務を行う仕組みになっており、指示なしに行動することは法律上できません。この構造は、世界的にも共通する部分があると思います。
近年では「チーム医療」が強調され、それぞれの専門性を尊重しながら協力して医療を提供する必要性が指摘されてきました。ただし、職種間の境界意識は依然として強く、その点をどう乗り越えるかが大きな課題だと感じています。
LC:職種間の境界意識というのは、医療機関ならではの課題ですね。最終的に目指している姿やそれを実現するための鍵についても教えていただけますでしょうか。
多湖氏:最終的には、医療従事者が活き活きと働き、離職せず、質の高い医療を継続的に提供できる環境につながることを目指しています。特に自治体病院や国立病院では、経営的に厳しい状況が続く中で、医療の質を維持・向上させるためには、人が辞めずに働き続けられる組織であることが最低条件になっています。しかし、現実にはそこまでうまくいっていないケースも多いのが実情です。
そこで私が実践しているのが、「対話型組織開発」の一つであるアプリシエイティブ・インクワイアリー(Appreciative Inquiry:AI)です。これは、問題点を掘り下げて解決策を考えるのではなく、「自分たちの強みは何か」「このテーマに関して何がうまくいっているのか」といった問いから始め、その強みや価値観を生かして、目指す未来像を描いていく手法です。基本的にポジティブな視点で進める点が特徴です。
この手法はアメリカで開発されたものですが、開発者が病院でのインタビュー経験を通じて、ネガティブな話題ばかりでは話す側も聞く側も疲弊してしまう一方、ポジティブな経験を語ることで双方が元気になっていくことに着目したことがきっかけでした。そのため、病院との親和性が高い手法だと考えています。
LC:職種間の境界意識が強いと、特定の職種の人が発言しにくい、といった状況もあり得そうですが、その点はいかがでしょうか。
多湖氏:それも医療機関の課題のひとつなので、組織開発を進める際には、心理的安全性の確保を最優先にし、対話の場を丁寧に守ることを重視しています。正論だけをぶつけ合う場にならないようにすることも意識しています。
また、議論が逸れて、「給料が高い職場がいい」といった話が出てくることもありますが、そこはファシリテーションによって軌道修正し、「自分たちの行動で働きがいのある職場をつくるには何ができるのか」という点に立ち返ってもらいます。「自分たちが関与して実現できる最善の未来」を描いてもらうということです。
LC:互いの話を聞き、尊重し合う空気づくりを意識することが重要なのですね。
医学部や看護師養成校などで、組織づくりやコミュニケーションについて学ぶ機会があるのでしょうか?
多湖氏:養成校では、コミュニケーションに関する授業や、チーム医療そのものを学ぶ機会が設けられているところもあります。
例えば、以前在籍していた大学では、医学部はありませんでしたが、多くの専門職養成学部があり、二年生のゼミで異なる学部の学生が集まり、チーム医療を体験する取り組みが行われていました。こうした取り組みは養成校によって差はありますが、コミュニケーションや多職種連携について学ぶ機会自体は用意されていることが多いと思います。
ただし、学んでいたとしても、実際の現場ではうまくいかないケースが多いのが現実です。
LC:一般企業では、組織づくりに関する研修が定期的に行われている印象がありますが、医療現場でも同様の研修は行われているのでしょうか。
多湖氏:医療機関でも組織づくりに関する研修は行われています。特に看護部門では、大規模病院になるほど多くの研修が用意されており、看護技術はもちろん、リーダーシップ研修や、多職種連携をテーマにした研修を行っている病院もあります。私が関わる場合も、そうした研修の一環として、多職種協働をテーマに組織開発を行うことが多いです。
研修に携わってみて感じたのが、病院では、診察が終わる時間帯など、比較的時間を確保しやすいのに対し、一般企業はまとまった研修時間を確保するのが難しいケースが多いということです。
特に中小企業などでは業務後に残って研修を行う必要があり、参加者にとって負担になってしまうこともあります。その結果、研修が「やらされ感」の強いものになってしまうケースもあり、そこがこれからの課題ですね。
組織開発を機能させる鍵は「問題探し」ではなく、関係性と継続性にある
LC:チームを運営する立場の方に向けて、組織開発の効果的な活用方法について教えていただけますでしょうか。
多湖氏:先ほどお話しした対話型組織開発やその一手法であるアプリシエイティブ・インクワイアリーは、問題解決そのものに焦点を当てるというよりも、「できていることを伸ばしていく」ことに重きを置いています。
というのも、問題探しを始めると、「これが売れない」「あれが売れない」といった業績の話であればまだ良いのですが、人間関係に関わる問題を問題解決型で扱うと、「何が問題か」を話し合っているうちに、いつの間にか「誰が問題か」「誰が悪い」という話にすり替わってしまうことがあるのです。
そこからいわゆる犯人探しのような構図になり、特定の人に問題が集約されてしまうことがあります。結果として、問題のある側とない側に組織が分裂し、組織を良くしようとしているはずの組織開発が、かえって組織を悪くしてしまう場面も見られてきました。
組織開発自体はイベント的に実施することも可能ですが、私が現在研究しているのは、日々のマネジメントの中でどう生かせるかという点です。まだ十分な知見があるとは言えませんが、理論上は、犯人探しにつながるような言葉を極力減らし、うまくいっていることに焦点を当てるリーダーシップが望ましいと考えています。
そうした反省から生まれてきたのが、対話型組織開発です。
LC:対話型組織開発について、より詳しく教えていただけますでしょうか。
多湖氏:対話型組織開発では、問題を見ないわけではなく「問題が仮に解決したとしたら、どのような姿になっているのか」という問いを立てます。その姿について共通イメージを持った上で、そこに近づくためにどのような力が必要なのか、各自がどのような行動を取れるのかを話し合っていきます。そこから実際に行動できる関係性を構築することになります。これが対話型組織開発の特徴です。
加えて、心理的安全性を確保しながら、意図的に対話の場をつくることが重要です。これは最初にお話ししたオンラインでの取り組みとも共通します。
組織開発は本来、定期的に行うことで意味を持つものですが、現実には研修として呼ばれると、次は一年後というケースも少なくありません。期間が空きすぎて、また一から、しかも別のメンバーに対して行う、ということになりがちです。
そのため、日々のマネジメントの中で、問題を過度に探さず、問題が見えた場合には「それが解決した姿」を中心に据えたマネジメントを行い、関係づくりを意識すること、そして一度きりで終わらせず、継続していくことが重要だと考えています。
LC:対話を日常的に行っていくことがより良い組織づくりのために大切なのですね。
多湖氏:また、私が取り組んでいる組織開発の理論的基盤には、社会構成主義という考え方があります。これは哲学的な立場ですが、「社会は人々が発する言葉によってつくられる」と捉えます。
この考え方に立つと、関係性についても「自分たちは素晴らしいチームだ」という言葉や意識を共有し続けること自体が重要になってきます。このあたりは、研究が進むまで時間がかかりますが、いずれにしても、継続性と関係性を常に意識して取り組んでいくことが大切だと思います。
LC:関係性と継続性という点を重視すると、組織開発は5~6人規模で回っている病院のような組織のほうが相性が良いのではないかと思います。
総合病院のような大きな組織で組織開発を行う場合、小さなチーム単位で進めるのか、それとも代表者が集まって全体のチームづくりを強化するのか、どちらがメインに行われているのでしょうか。
多湖氏:全体で行うのが理想ですが、私自身、病院や企業を含めて全体で実施できた経験はほとんどありませんし、私自身の関わってきた範囲では、全体で継続的にうまく機能している事例はまだ多くはありません。
病院では、看護部門とリハビリ部門を一緒に行うこともあれば、病棟単位で実施することもあります。例えば内科病棟であれば、看護師、事務職、介護職など、さまざまな職種の方が関わる中で進めていきます。本来、職場単位で行うのであれば、実際に日常的に一緒に働いている人たちが関係性を築けることが重要です。
ただ、あまり権力のある方が入ると、心理的安全性が保たれにくくなる側面もあるので、そこは注意しなければいけません。
LC:少人数のほうが対話しやすいのは日本人ならではの特徴なのでしょうか。
多湖氏:実際、これを開発したアメリカでは、部署単位に限らず、会社単位、さらには地域単位で行うケースもあるそうです。球場を借り切って地域住民全員が集まり、そこで実施する「AIサミット」と呼ばれる手法もあると聞いています。
私は現場を見たことがないので詳細は分かりませんが、組織開発は経営学というより心理学の分野から派生してきたものなので、さまざまな場面で応用できる可能性はあります。
その意味でも、全体で行うことが理想ですね。
心身の健康と人とのつながりが、仕事の質と意味を高める
LC:先生のご専門である組織開発や健康経営の重要性が高まる社会において、読者が明日からの仕事や生き方に生かせるアドバイスをお願いできますでしょうか。
多湖氏:健康経営の観点でまず意識していただきたいのは、自分自身の体、そして心身のコンディションを大切にすることです。
これは実は仕事の一部でもあります。仕事の一部と聞くと義務的に感じるかもしれませんが、パフォーマンスの観点から考えると、体調を崩していては十分な力を発揮できませんし、メンタル面も同様です。いかに万全な状態でいるかということは、個人だけでなく会社にとっても重要であり、そうした考え方から健康経営は生まれてきています。自己管理や体調管理を含め、心身の健康を保つことは非常に大切だと思います。
そのうえで、組織開発の観点からお話しすると、何事も一人でやり切ろうとしたり、頑張りすぎたりするのは望ましいとは言えません。
仕事は一人で完結するものではなく、さまざまな人との関係性の中で成り立っています。だからこそ、周囲との関係性を日頃から意識して築いておくことが重要です。実際、関係性の質が高く、良いネットワークを持っている人ほど、結果的に心身ともに健康な方が多いという印象があります。この点も無関係ではないのかもしれません。
LC:自分の心身のために組織のメンバーを頼るという意味でも、リモートワークを通して良いチームづくりをするのは重要ですね。
多湖氏:もう一つ大切なのは、物事の意味、例えば「なぜこの仕事をしているのか」「自分にはどのような価値があるのか」といった問いについて考えることです。
仕事の意味が分からない、自分の価値が分からないという声を耳にすることは少なくありませんが、本当にそうなのかを立ち止まって考えることが大切です。意識して考えていけば、何の価値もない人間などいないということに必ず気づけるはずです。ぜひ自分自身を見つめ直し、自分を知ることに向き合ってほしいと思います。
その延長線上として、ネガティブな反省ばかりではなく、今日うまくいったことや、誰かがしてくれた良い行いに目を向け、感謝することも重要です。そうしたポジティブな体験を思い出し、積み重ねていくことが、良い関係性の構築や、仕事や人生の意味を捉え直すことにつながっていきます。
LC:一日を振り返る際に、頑張ったことや誰かに助けてもらったことを思い出すだけでなく、記録したり紙に書いたりする習慣をつけた方が効果的なのでしょうか。
多湖氏:はい、こうした仕組みづくりをマネジメントの中に組み込めると、なお良いとは思います。ただ、義務感や「やらされている」という感覚が強くなると逆効果になる可能性もあります。
まずは無理のない範囲で、一つずつ、簡単にできることから始めて、普段やっていることを継続する形で取り入れていきましょう。
日々そのようなことを意識することが、心身の健康につながり、結果として会社のためにもなるはずです。
LCマガジン(当社メディア)では以下のような記事も紹介しています。
