あなたは薬剤師と聞いて、どのような仕事を思い浮かべるでしょうか。「処方箋を受け取って薬を渡す人」というイメージを持つ方も少なくないかもしれません。しかし実際には、薬剤師は医師や看護師と連携しながら、複雑な薬物治療の最適化や副作用リスクの管理を担う専門家です。高齢化が進み、複数の疾患を抱える患者が増える中、多剤併用(ポリファーマシー)による副作用や薬物相互作用のリスク管理は喫緊の課題となっています。さらにAI技術の進展により、薬剤師の役割は大きく変わりつつあります。 そこで今回は、大垣市民病院で薬剤部長として長年臨床経験を積み、現在は岐阜薬科大学で教鞭をとる吉村知哲教授にお話を伺いました。

岐阜薬科大学 副学長・病院薬学研究室 教授
吉村 知哲 /Tomoaki Yoshimura
【プロフィール/略歴】
▼学歴・職歴等
1985年3月 岐阜薬科大学 卒業
1987年3月 岐阜薬科大学大学院博士前期課程 修了
1987年4月 大垣市民病院薬剤部 入職
2015年4月 大垣市民病院 薬剤部長
2023年4月 岐阜薬科大学 病院薬学研究室 教授
2025年4月 岐阜薬科大学 副学長(兼務)
現在に至る
▼資格
・1997年 学位[博士(薬学)]取得
・日本医療薬学会認定がん指導薬剤師
・日本医療薬学会認定がん専門薬剤師(2007年~2019年)
・日本医療薬学会 医療薬学指導薬剤師・専門薬剤師
▼書籍
・「がん薬物療法副作用管理マニュアル」第3版,医学書院,2024
・「がん専門・認定薬剤師のためのがん必須ポイント」第5版, じほう, 2023
・「薬剤師のための栄養療法管理マニュアル」,医学書院,2023
・「検査値と画像データから読み解く 薬効・副作用評価マニュアル」,医学書院,2022
・「検査値×薬物療法のマネジメントスキルを強化する ハイリスク薬フォローアップ」,じほう,2022
・「薬剤師が実践すべき副作用へのロジカルアプローチ」,南江堂,2021など
薬学とは何か:患者に最適な薬物治療を届けるための学問
LC Asset Design(以下LC):まず、医療における薬学の役割と価値について教えてください。
吉村先生:薬学という学問は、単に「薬をつくる」ことを目的としたものではありません。創薬、製剤、薬物動態、臨床薬理、安全管理など、さまざまな専門分野を基盤とし、それらを統合することで、最適な薬物治療を実現するための科学的基礎を築く学問です。
薬学には多様な研究領域がありますが、その中でも重要な役割の一つが、医療現場で活躍する薬剤師を育成することです。薬剤師資格を持つ人材は、病院や薬局にとどまらず、製薬企業、行政、研究機関など、幅広い分野でその専門性を発揮しています。
薬学は「薬」を中心に据えた学問であり、薬の作用や副作用、相互作用、体内動態といった専門的知識を基に、患者さんにとって最も安全で、かつ最も効果的な治療を実現することを目指しています。薬剤師は医師や看護師などの医療職と連携しながら、薬物治療の最適化を担う存在です
具体的には、副作用の予測と回避、ポリファーマシーの調整、適切な服薬支援などを通じて、治療効果の最大化と患者さんの生活の質(QOL)の維持・向上に貢献しています。
特に、高齢化の進行やがん医療の高度化に伴い、薬物療法は年々複雑さを増しています。そのような状況下で、薬学は治療を科学的に裏付け、個々の患者さんに最適な医療を届けるための基盤として、ますます重要な役割を果たしています。
一言で言えば、薬学の価値とは、科学的根拠に基づいた薬物治療を通じて、患者さんの命と生活を守る医療の基礎を支えることにあると考えています。
薬剤師の価値はどう認識されているか
LC:薬剤師の価値について、一般的にはまだ十分に理解されていないように感じることがあります。周りの人に理解してもらうためには、どのようなアプローチが有効だとお考えですか。
吉村先生:確かに、これまでの薬剤師は患者さんと直接接する時間が比較的短かったという背景があります。以前は病院でも、調剤室での業務が中心で、患者さんと顔を合わせる機会は限られていました。
しかし近年、その状況は大きく変わりつつあります。たとえば入院患者さんに対しては、入院時から薬剤師が関与し、持参薬の確認や薬剤管理、薬の使い方に関する説明などを行う体制が広がってきました。時代の変化とともに、薬剤師が患者さんと向き合う機会は確実に増えています。
医師や看護師が医療の中心的な役割を担っていることは言うまでもありませんが、現在では薬剤師もチーム医療の一員として、より患者さんの近くで関わる存在になりつつあります。薬物療法の専門家として、治療を支える役割が少しずつ可視化されてきたと言えるでしょう。
知名度や立場が一朝一夕に大きく変わるわけではありませんが、「薬があるところには薬剤師がいる」という考え方のもと、薬物治療の中心的な担い手としての役割は、今後さらに明確になっていくと考えています。日々の臨床実践を通じて、患者さんや医療者にその価値を伝え続けることが、理解を広げる最も確実なアプローチだと思います。
ポリファーマシーが薬物療法に及ぼす影響
LC:高齢者医療におけるポリファーマシーが、がん薬物療法の有効性や副作用に及ぼす影響について、特に重要視すべき点を教えてください。
吉村先生:高齢の患者さんでは、生活習慣病や慢性疼痛、不眠など、複数の疾患を抱えていることが多く、その結果として多くの薬を同時に服用しているケースが少なくありません。これがいわゆるポリファーマシーです。
近年の研究から、このポリファーマシーが、がん薬物療法の「有効性」と「安全性」の両面に影響を及ぼし得ることが、徐々に明らかになってきました。特に問題となるのは、がん治療そのものが継続しにくくなる点です。
薬の数が増えると、どうしても薬物相互作用や副作用のリスクが高まります。その結果、抗がん薬の副作用が想定以上に強く現れたり、用量の減量を余儀なくされたり、場合によっては治療を中止せざるを得なくなることもあります。これは、がん治療の効果を十分に引き出せない要因となり得ます。
相互作用の観点で重要なのは、「何剤使っているか」という数だけでなく、「何を使っているか」という質の問題です。
例えば、睡眠薬、胃酸分泌抑制薬であるプロトンポンプ阻害薬(PPI)、一部の抗菌薬などは、薬物相互作用を起こしやすい薬として知られています。これらが併用されている場合、がん治療薬との組み合わせによっては、治療効果が弱まったり、副作用が強く出たりする可能性があります。
そこで重要な役割を果たすのが薬剤師です。薬剤師は、患者さんが現在服用している併用薬や持参薬をすべて確認し、それらががん治療にどのような影響を及ぼすかを評価します。治療開始前の段階で、不必要な薬やリスクの高い組み合わせがあれば、治療に先立って中止や変更を提案し、適切な調整を行います。
このように薬剤師がポリファーマシーの視点から介入することで、副作用の軽減だけでなく、がん薬物療法を安全に、そして継続的に行うことにつながります。薬物治療の質を支える上で、極めて重要な役割だと考えています
薬を止めるべきか、残すべきかの判断
LC:止めるべき薬と残すべき薬の判断に迷うケースもあるのではないでしょうか。どのような観点を優先してお考えになりますか。
吉村先生:確かに、服用している薬の中には、絶対に中止してはいけないものもあります。まず最優先に考えるのは、その患者さんが抱えている疾患と、その薬が治療上どれほど重要かという点です。例えば、喘息の治療薬のように、中止することで症状が悪化し、患者さんに明らかな不利益が生じる薬は、原則として継続すべきです。疾患の性質上、「切ってはいけない薬」は確実に存在します。
一方で、胃酸分泌抑制薬であるプロトンポンプ阻害薬(PPI)のように、薬物相互作用が比較的多い薬については、本当に継続が必要かを慎重に検討します。実際に胃潰瘍や重篤な消化管疾患があるのか、予防目的で漫然と使われていないかといった観点から、適応を見直します。
減薬を考える際に重要なのは、「減らすことによるリスク」と「減らすことによるメリット」を天秤にかけることです。減薬によって副作用や相互作用のリスクが下がり、全体として患者さんに利益があると判断できる場合には、その選択肢を積極的に提案します。最終的には医師の判断ですが、提案するのは薬剤師です。
AIと機械学習の薬物療法への応用
LC:AIや機械学習の技術が、病院薬剤師によるリスクの高い薬物療法の評価や個別化薬物療法の支援において、具体的にどこまで応用可能だとお考えでしょうか。
吉村先生:現在、AIや機械学習はさまざまな分野で活用が進んでおり、薬剤師の領域においても、特にリスクの高い薬物療法の評価や個別化治療の分野で実用化が始まっています。
今後は、AIを「判断を置き換える存在」ではなく、「薬剤師の判断を支える強力なツール」として、うまく協働していく方向に進んでいくと考えています。
一つ目は、薬物治療におけるリスク予測です。この分野はすでに実用段階に入っています。機械学習を用いることで、膨大な診療データを解析し、腎機能低下時の薬物蓄積リスク、肝障害や骨髄抑制などの重篤な副作用の発生確率、さらには薬物相互作用による有害事象のリスクを事前に予測することが可能になってきました。
特に、抗がん薬、抗凝固薬、免疫抑制薬といった、いわゆるハイリスク薬では、患者さんごとのわずかな条件の違いが安全性に大きく影響します。AIは、「この患者さんでは、どこに特に注意すべきか」を事前に可視化してくれる点で、非常に有用です。
二つ目は、個別化薬物療法の支援です。患者さん一人ひとりに最適な投与量や治療強度を提案することも、現実的になってきています。AIは多様な情報を統合できるため、薬物動態(PK)・薬力学(PD)を基盤としたPK/PDモデルの活用も進んでいます。
例えば、体格、遺伝的背景、腎機能、肝機能などの情報をもとに、最適な投与量を推定することが可能です。抗がん薬治療においては、相対用量強度(RDI)の調整や、血中薬物濃度のデータを用いたTDM(治療薬物モニタリング)の補助などにも応用できます。
将来的には、副作用を最小限に抑えながら、最大の治療効果を得る投与設計の予測が、より精度高く行えるようになると考えています。
三つ目は、薬剤師の専門的判断を補強する役割です。AIは膨大なデータからパターンを見出し、リスクを提示することは得意ですが、それはあくまで客観的な情報の提供に過ぎません。患者さんの生活背景や価値観、治療に対する考え方までは、AIが判断することはできません。
最終的には、AIから得られた情報を踏まえた上で、患者さんの背景や治療目標を統合し、判断を下すのは薬剤師です。AIと薬剤師が協働する関係性こそが、これからの医療において重要だと考えています。
特に、高齢者医療やがん治療、多剤併用といった判断が難しい場面では、AIが多くの示唆を与えてくれます。その上で、患者さんと医療チームをつなぎ、治療全体を支えていく、その役割を担うのが薬剤師だと思っています。
AI時代に薬剤師が身につけるべき知識
LC:AIを活用する上で、薬剤師自身が最低限理解しておくべき知識やスキルはどのようなものでしょうか。
吉村先生:最も重要なのは、やはり問題解決能力だと思います。言い換えれば、薬物治療を読み解く力、すなわちクリニカル・リーズニング(臨床推論)です。AIから多くの情報や示唆を得ることはできますが、最終的に患者さんをどう捉え、どう判断するかは人間にしかできません
例えば、がん治療においても、必ずしも治療強度を最大限に高めて「治癒」を目指すことが、すべての患者さんにとって最善とは限りません。患者さんによっては、副作用をできるだけ抑え、生活の質(QOL)を重視した治療を望まれる場合もあります。効果が多少低下したとしても、日常生活が楽になる選択をされることもあるのです。
こうした場面では、複数の治療選択肢の中から、患者さんの考えや価値観、生活背景を丁寧に聞き取り、それらを踏まえた上で、どの治療が最も適しているかを判断する必要があります。こうした判断は、AIには担えません。
薬剤師は、治療のメリット・デメリットをわかりやすく患者さんに伝え、意向を引き出した上で、医師や看護師とともにチーム医療の中で意思決定に関わっていきます。
AIはデータ解析やリスク提示には優れていますが、チーム医療における調整や対話は得意ではありません。医師や看護師と密にコミュニケーションを取りながら、「この患者さんにとって最善の治療は何か」をチームとして導き出していく。その過程において、薬剤師は薬物治療の専門家として、全体をつなぐ役割を果たします。
現場で使われるAIツール
LC:具体的にどういったAIを使うことがあるのでしょうか。一般の人が使うようなChatGPTのようなものを使っているのか、それとも薬剤師特有のAIを使っているのでしょうか。
吉村:業務の中で、ChatGPTのような汎用AIを使って何かを調べることはあります。ただし、医療現場の中核で使われているのは、どちらかというと医療分野に特化したAIです。
現在では、薬剤部門システムや電子カルテの中に、企業が独自に開発したAIが組み込まれているケースが増えています。例えば電子カルテも、入力作業の裏側でどのAIが動いているかを意識することは少ないですが、実際には医療データを解析するAIが搭載され、記載内容を補助したり、必要な情報を提示したりしています。
薬剤師が部門端末で記録を入力する際にも、関連する注意点や参考情報が自動的に提示されることがあります。また、電子カルテの機能も進化しており、診療経過のサマリーを自動生成してくれるなど、日常業務の効率化に大きく貢献しています。
若手薬剤師が身につけるべき三つの能力
LC:最後に、病院薬剤師が専門性を活かしてチーム医療の中でさらに存在感を高めていくために、特に若手薬剤師が身につけるべき臨床実践力やスキルを教えてください。
吉村:これは若手に限らず、すべての薬剤師に共通して求められることだと思います。医療は年々高度化し、治療の選択肢も非常に複雑になっています。日々学び続けなければ、現場についていくことは難しい時代です。だからこそ、医療が複雑になればなるほど、薬剤師の専門性はより重要になってきます。私が特に重要だと考えている能力は、三つあります。
一つ目は、薬物治療を読み解く力、クリニカル・リーズニングです。薬剤師として最も重要なのは、患者さん一人ひとりの状態を踏まえ、その患者さんにとってどの薬が最適なのか、どのような効果が期待でき、どのような副作用やリスクがあるのかを、論理的に判断できる力です。
この患者さんにこの治療を行うことで、どんな利益があり、どんな不利益が生じるのか。薬物療法を全体として設計する力が求められます。そのためには、単なる薬の知識だけでは不十分で、患者さんの背景、検査値、病態生理、薬物動態、さらには医師の処方意図までを結びつけて考える臨床推論が不可欠です。
二つ目は、コミュニケーション能力と説明する技術です。チーム医療では、患者さんや他職種と関わる場面が多く、薬剤師の存在感は「どう説明できるか」によって大きく左右されます。
例えば、医師に治療提案をする場面、看護師と副作用マネジメントについて相談する場面、患者さんに薬の説明をする場面など、状況ごとに求められる伝え方は異なります。ただ話すだけでは不十分で、伝え方次第で結果は大きく変わります。
相手に応じて、柔らかく伝えるのか、エビデンスを示して論理的に伝えるのかを使い分けることが重要です。若手薬剤師には、まず「自分の意図を正確に、適切な形で伝える力」をしっかり身につけてほしいと思います。
三つ目は、他職種との共同の中で治療を調整する力です。チーム医療では、医師、看護師、栄養士など、さまざまな職種と連携しながら治療を進めていく必要があります。その中心にあるのは、常に患者さんです。患者さんの希望や価値観を踏まえながら、治療全体を調整する力が求められます。
先ほどお話ししたように、薬剤師にはコーディネーターとしての役割があります。特にがん治療のように高度で複雑な治療では、薬を適切に使うことに加えて、患者さんの生活や価値観に合わせた調整が欠かせません。
ポリファーマシーの調整、副作用マネジメント、服薬アドヒアランスの支援、退院後を見据えたフォロー体制の構築など、これらはいずれもチームで取り組む課題です。こうした分野は、薬剤師が専門性を発揮し、他職種からも評価される重要な領域です。ぜひ、調整力を備えた薬剤師を目指してほしいと思います。
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